小説 川崎サイト

 

地獄のボイラーマン

 
 湯屋の裏口に小鬼が訪ねてきた。雇って欲しいという。よく見ると小さな年寄りだ。丁度釜焚きの家に不幸があり、国へ帰っている。他にも釜焚きはいるが、遊び人で当てにならない。湯屋の主は雇うことにしたが、経験を問う。つまりボイラーマンとしてそれなりに経験が無いと、すぐには間に合わない。
 小鬼は地獄で釜焚きだったが、年を取り定年退職したようなもので、職を失った。若い頃から地獄の釜湯を焚いているので、ボイラーマンとしての経験は十分。しかし、湯加減が問題だ。
 地獄の釜は盆だけ火が消える。だからほぼ年中無休で働いていたことになる。この湯屋は休みが多く、週休二日だ。
 老いた小鬼は身体は小さいが力持ちで、娑婆の風呂焚き程度なら問題は何もない。地獄の釜湯と違い、薪を使っているのが新鮮なようで、地獄では今で言う石炭を使っていた。燃える石だ。
 そのためか、全身が黒い。スス焼けしたのだろう。だから、この湯屋では黒鬼どんと呼ばれることになった。
 地獄の釜湯を焚いていただけに、その仕事ぶりは素晴らしかったのだが、湯加減を知らない。
 つまり、この風呂焚きに変えてからもの凄く湯が熱くなった。それを好む客と、熱くて入れないという客もいたが、当時は直接湯に入るのではなく、湯気だけで良かったので、それほど問題にはならなかった。
 また、湯屋で喧嘩などがあったとき、この黒鬼どんが活躍した。そこは鬼だけあって身体は小さく老いてもものすごい力がある。黒鬼どんに敵う客がいない。
 湯女と悶着を起こした関取りを投げ飛ばしたことで、角界へ来ないかと、この関取に誘われた。
 しかし、この黒鬼どん、ボイラーマン一筋のためか、釜焚きがよほど好きなようで、それには乗らなかった。
 黒鬼どんは湯女にも人気があり、地獄で煮え湯に入って鳴き叫んでいる人間ばかり見てきたので、ここはまるで極楽だ。
 黒鬼どんを雇った主人が亡くなり、その息子からさらに孫の代になったが、まだ黒鬼どんはいる。かなり長寿だったらしいが、墓はなく、いつあの世へ行ったのかは分からないが、あの世とは生まれ故郷の地獄なので、単に帰っただけのことだろう。
 
   了




2017年5月23日

小説 川崎サイト