小説 川崎サイト

 

悪魔のいる村

 
 世の中で起こっている不思議な神秘現象は、錯覚や思い違い、また幻覚だったりする場合が多いが、これは多いのであって、本当の神秘現象がないわけではない。神秘研究家は本当の神秘現象を探しているのだが、理由が分からないものの中にそれがあるのだが、分からないので、それ以上何ともしがたい。世の中には不思議なことがあるものだ程度で終わり、その不思議ごとがどのようにして発生したのかまでは解明できないまま。
 妖怪を研究する妖怪博士は妖怪を追っているのだが、そのほとんどは実在しない。これは神秘ごと一般の中でも一番作り事が多いジャンルで、そのため、本当の妖怪にまでたどり着くことは、まずないのだが、それでも正体が分からないタイプも、たまにはある。所謂科学的に解明できないのだ。そのため、見間違いや心的な理由で幻覚とするしかない。
 ただ、幽霊や妖怪や、不思議な因果とかは、そういった怪奇現象だけに起こるのではなく、種も仕掛けもある現実世界でも起こっている。そのため、その業界で長く生き続けた人を妖怪と呼んだりする。誰が見てもそれは妖怪ではなく人間なのだが、それを妖怪呼ばわりするところに、妖怪の正体があるのかもしれない。
 長い前置きだが、今回遭遇した妖怪は、その家では悪魔と呼んでいる。これは郊外にある裕福な旧家にいる。悪魔という言葉が使われ出したのは、それほど古くはないだろう。だからそれまで、この地方では「マラ」と呼んでいた。魔羅だ。悪魔がキリスト教と関係するように、魔羅は仏教と関係するが、これは修行の妨げになる邪悪なもの程度だろうか。そのため、普通の人には関係がない。
 それがいつの時代からか、悪魔という言葉に変わった。だから最近のことだろう。
 その旧家は農家で、これは悪魔とは合わない。妖怪博士が不審がったのは、まずそれだった。
 悪魔は封印されて三階箇所に相当する屋根部屋にいる。ここは物置で、家具を利用した階段はあるものの、普段は使っていない。悪魔はそこにいるらしく、それを見たのはうんと昔の先代で、その後、封じ込めたので、その子孫は誰も見ていない。開かずの部屋、封鎖した階だ。先代は物置だった場所を整理し、祭壇のようなものを作り、そこに悪魔を祭っていたようだ。しかし、誰もそんなものなどお参りには上らないのだが、少し前までは食事のとき、上を見て手を合わせていたようだが、今はご先祖様との相性が悪いといいだし、それは止めている。
 最近になって、その子孫に当たる人たちが、神秘現象を体験するようになった。悪魔を封じ込んでいるということは知っていたためか、悪魔の声や、悪魔の足音などがするらしい。屋根部屋を歩いているのだ。そういうのはネズミか何かが入り込んでいるのだろうが、そうとは受け取らなかったようだ。やはり悪魔がいることを知っていたので、それに結びつけた。
 その噂は結構広がった。日本の何処にでもあるような山沿いの農家。特に変わった土地ではないが、戦国時代、この一帯を治めていた領主がキリシタンになった。所謂キリシタン大名だ。因縁があるとすれば、ここしかない。キリスト教が来たのだから、悪魔の概念も、ここにはあったのだろう。魔羅ではなく、悪魔。
 この村は進んでキリシタンになった。その方が年貢が安く付くからだ。また足軽などで取られることも少なくなったらしい。それで数ヶ村かはキリシタン村となったが、すぐに、それは禁制になり、その後、隠れキリシタンの村として、一村だけが残ったが、悪魔を封印した村ではない。
 信仰を続けた村ではなく、あっさりと転んだ村が、その旧家の村だ。悪魔がいることが、それで何となく結びつくのだが、なぜ悪魔がいるのかの理由は分からない。
 どちらにしても三階部に相当する開かずの間に悪魔を封印していることは家の者なら誰でも知っている。その影響で、あらぬものを感じたりするのだろう。
 妖怪博士は、常識的にそう判断したが、家の者は承知しない。要するに見てくれということだ。屋根部屋に上がって悪魔を。
 つまり、何度か襲った地震で、封印が外れていたり、ずれているのではないかと。その役を妖怪博士に頼んだのだ。
 それは高いものにつきますよと妖怪博士はふっかけたが、大した金額ではない。妖怪博士にしては罪悪感のある金額を請求したのだが、この家にとってははした金らしい。家が古いだけではなく、土地持ちで、さらに山まで持っている。この辺りは檜の植林で知られている。
 そして、妖怪博士対悪魔との戦いになる。呪文のいくつかは知っているが、数珠やお経で、キリスト圏の悪魔が聞き分けてくれるとは思えない。しかし、封印してある蓋のようなものがずれている程度なら、それを戻せばいいだけの話で、子供にでもできるだろう。
 悪魔を封印し直したのは三回か四回目らしい。最後に封印したのは百年近く前。何度か家を建て替えているためだ。そのときは最初から封印するために屋根部屋を作ったようなもの。それから百年近くなる。その間、誰もその部屋に入っていない。つまりこの家はかなり昔の家の間取りで立て替え続けられていたことになる。だから箪笥階段もあるのだ。
「それでどうなりました、先生」
 妖怪博士付きの編集者が続きを聞く。
「二階に古い家具がある。箪笥が並んでいた。高さの違う箪笥で天井まで続いておる。これを上るのが怖かった。脚立でも三段以上は怖い」
「続きを」
「天井がそこだけはめ込みになっており、すんなりと上る。天井戸だ。中を覗くと蜘蛛の巣だらけで、ほこりだらけの板の間。明かり窓があるので以外と明るい。そして」
「悪魔は」
「真っ白になって、もうよく分からんが祭殿らしきものがあり、蜘蛛の巣やほこりを払うと、厨子があり、それを開くとぐるぐる巻きの人形が出てきた。悪魔のミイラのような」
「じゃ、悪魔はもう死んでいるのですね」
「悪魔像だ」
「はあ」
「キリシタン時代、持ち込まれたのだろうか。金属製じゃ。触覚のようなものは針金だろう」
「悪魔がいるというのは、悪魔像がいると言うことだったのですね」
「そういうことじゃ」
「どんな悪魔でした」
「昆虫に似ておった。蜂のような顔じゃ」
「その悪魔、どうされました」
「包み直して厨子に入れ直した。鍵はない」
「悪魔が出ませんでしたか」
「既に出ておる」
「それは悪魔像でしょ」
「悪魔像が悪魔だったのじゃ」
「しかし、それは値打ちのある悪魔像じゃないのですか。国宝級ですよ。戦国時代のものでしょ」
「フランシスコザビエルを描いた絵も、この近くの村で発見されておる。それより値打ちがあるやもしれんが、悪魔ではのう」
「はい」
「それで、その家族は納得したのですか」
「いや、悪魔がいたと報告した。そして、誰も、それを見てはいけないと伝えた」
「秘仏のようなものですね」
「秘魔じゃ。これは公表してはならん。そして見たのは私だけ」
「隠れキリシタンじゃなく、隠れ悪魔信仰だったのですね」
「いや、信仰ではなく、もてあまして、封印し、隠しただけじゃろう」
「これは発表できませんねえ」
「うむ」
 
   了




2017年5月31日

小説 川崎サイト