小説 川崎サイト

 

大予言者

 
 人の行き着くところは今にある。まだ未体験の未来はあるが、未来は着いてみると今になる。全てのことが今にあるのだが、この今はすぐに過去になる。だから今は捕まえることはできない。捕まえた瞬間過去になるためだ。そして、今思っていることは過去と未来のことで、過去を参考に、未来を見ているのだが、これはやはり過去を見ているのだろう。材料は全て過去のものだ。
 しかし、リアルタイムで起こっていることがある。まだピリオドがつかないことで、今起こっている最中で、これは近すぎる過去だ。それはある文節で区切るためだろうか。起こっていることが何なのかがまだ確定できなとかで。
 そして、まだ何も起こっていない未来に対し、人は動く。ある程度確定した過去を元に、未来を予測する。
 その国の大予言者は天文占いで、人間の動き、社会の動きを予言していた。よくそんなことが分かるものだと思えるのだが、その予言の文句は抽象的。ものすごい保険付きのような予言だ。何とでも受け止められる。否定しているのか肯定しているのか、起こるのか、起こらないのかも、どうとでも言える予言。またいつ、誰が、という辺りも明快ではない。星空を見て、人物名までは言い当てられないのだろう。そんなものが夜空に書かれているわけではない。
 この大予言者の予言は当たる。当たっていると言い出しているのは周囲の人達だ。その解釈で、アタリになる。
 では、その予言者、何を見てそんな予言をしているのだろう。天文占いというのだから、星空を見てのことだが、星の何処を見ているのか。
 弟子の一人がそれとなく聞いてみた。星の動きを知らなければ、自分も予言者になれないので当然だ。しかし、この大予言者は一切弟子には教えない。見て習えということだ。
 この国には天文方という役所があり、そこでも星の動きを見ているが、大予言者はそれとは違う見方をしているようだ。
「星を見るにあらず」
「では何を見ておられるのですか」
「これは秘中の秘」
「はい」
「それを明かすのだから、他言せぬよう」
 弟子は自分が後継者になれると確信した。選ばれた弟子でなければ、そんな秘中の秘など教えるはずがないと思った。
「星を見ているわけではないのでございますか」
「星と星の間を見ている」
「はあ」
「星と星の間にいくつもの空間ができる」
「はい」
「星がなければ、一面しか見えぬが、星があれば、区切られる。面ができる。それを見ているのじゃ」
「そこに予言となる何かが書かれているのですか」
「修行による」
「修行すれば見えるのですか。色々なことが」
「修行というより、感じようとすることじゃ」
「それで、見えるのですか。未来が」
「色々な面が見える。その中のどの面を見るかにもよる。また様々な面を同時に見ることもある」
「幾何学のようなものですか」
「面というより、穴が開いたように見え、それを凝視していると、事象が見えてくる」
「星ではなく」
「星は面の区切りにしか過ぎんが、形は星によって生まれる。日々変化しておる」
「星座とかは」
「関係はない。それは星を見ておるじゃろ」
「はい」
「星を見るとは光を見ること。そうではなく、星と星に囲まれた真っ暗な空間を見るのじゃ。そこに浮かび上がってくる」
「はあ」
「そこで見たものを断片的に記録したものが私の予言集じゃが、滅多に記録はせぬ。これはというのだけを記録する。年に一つか二つ程度」
「それが秘中の秘、極意ですね」
「そうじゃ」
「あのう」
「何じゃ」
「誰にでもできそうですね」
 
   了



2017年6月10日

小説 川崎サイト