小説 川崎サイト

 

妖怪壺

 
 妖怪博士の友人で幽霊博士がいる。この人はまだ若いのだが老けて見える。目の周辺がいつも黒い。遠くから見ると、それも目に含まれるのか、骸骨の目の部分のようだ。
「まだ幽霊を追っておるのですか」
「はい妖怪博士」
「幽霊は危ない。もうそのくらいにしておきなさい」
「ところで」
「話の続きを聞きなさい」
「それは後にして、異変です」
「また幽霊と接触したのですかなか」
「妖怪です」
「ほう」
「僕は幽霊ですが、博士は妖怪なので」
「まあ、似たようなものじゃが。しかし、現場へは行かぬぞ」
「妖怪なので、大丈夫では」
「幽霊よりもましじゃが」
「そうでしょ」
「幽霊を追っているうちに妖怪と遭遇したのかね」
「そうです」
 ベッドタウンが伸び、山まで駆け上がっているのだが、その中腹に寺がある。寺は住宅地に囲まれ、以前の山門の面影はない。ただ、この寺は貧乏寺で、住職がよく変わった。赤字でやっていけないのだ。
「寺なら、幽霊などいくらでもおるじゃろ。死者と関わる場所なのでな」
「そうなんですが、寺ではなく、その周辺です」
 山のとっかかりにぽつんとあった寺だが守り抜けず、境内や墓地を売ってしまった。
「売った山際の土地が問題なのです」
「ほう」
「古代」
「古い時代まで遡るのかね」
「はい、墓がありました」
「あるじゃろう。寺なんだから。その前の墓と言えば古墳か」
「古墳時代よりも、もっと古い時代です。瓶などに入れて、土中に埋葬したような。そういう蛸壺のような墓がものすごい数、寺内や周辺にはあったのです」
 寺墓まで潰して売ったらしい。ということは、寺の周囲の家々は、墓の上に建っていることになる。
「古い墓なら、もう成仏しておるので、いらんじゃろ」
「そうです。だから出たのは幽霊ではありません」
「妖怪が出たと」
「僕が調べましたところ、古代の蛸壺のような墓があった場所の上に建った家とかです」
「先に解を出しておるではないか」
「え」
「妖怪の正体は、それだな」
「蛸壺が何か」
「蛸ではなく妖怪がその壺に入ったようなもの。妖怪壺じゃ」
 蛸壺とは漁法の一つで、空の壺を海中に置くと、そこに蛸が入ってくるというもの。
「そんな、適当な」
「古代に死んだ人達も、もう遠くへ行っておる。寺にあった墓も、古い墓だろ。もう役目を終えておる」
「縁の下から物音がしたり、ときにはうなり声とか」
「妖怪の仕業なら、その程度で済む。いたずらをやっておる下等な奴らなので、無視すれば収まる」
「本当ですか」
「うむ」
「退治しなくても?」
「新仏ならまだかまって欲しいじゃろうが、妖怪壺は弄るとずに乗る。相手にすると調子づく」
「はい」
「だから、無視すれば、その現象は収まる」
「そんなものですか」
「遊んでもらえないので、いなくなる」
「そうですか、じゃ、そういう風に言っておきます」
「うむ」
「さすがに妖怪博士、壺にはまったお話でした」
 妖怪博士は現場へ行くのがいやで、適当にごまかしたのだろう。
 
   了


2017年6月13日

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