小説 川崎サイト

 

勇退

 
「このあたりで整理したいと思うのだがね」
「掃除ですか」
「整理だ」
「はあ」
「出掛けるときに持っていく鞄だが、ゆとりのある大きくて丈夫なのを買っていた。もう随分前からだが、非常に気に入っている」
「鞄の中の整理ですね」
「そんなことぐらいで、わざわざ言い出さない。人に言うようなことではない」
「では、どんな整理ですか、まさか人事」
「なぜこんなに大きな鞄にしたのかは分かっておる」
「やはり鞄の話ですね」
「余裕があるからだ。色々と入る。そのため入れすぎた。そして重くなった。その中身は大したものは入っていない。殆ど使わないものも入っている」
「はい」
「大きいと何でもかんでも入れてしまう。鞄が重くなるのはそのため。これを整理する」
「はい」
「それと同時に、色々なことを整理したい」
「人事ですか、事業ですか」
「そうだ」
「それは」
「君は無事なので、心配しなくてもいい。小柄だし体重も軽そうだ」
「はい」
「重役が気に入らん。あれだけの数はいらん。増やしすぎた。今はその規模じゃない。だから整理する。重役が一番重い」
「はい、田中専務は百キロを軽くオーバーしていますし」
「重役をなくす」
「しかし、そんなことをすると謀反が」
「いつの時代の話だ」
「恐れながら社長が今いるのは重役達のおかげです。一人で代表になったわけじゃありません」
「言いにくいことを言うねえ」
「重かったですか」
「いや、君が言うと軽くなるので、まあ、いい」
「はい」
「年寄りが医者に通うときの薬入れ程度の鞄でいい」
「そこまで縮小しますか」
「整理だ」
「それはやり過ぎでは」
「我が社は実質その規模になっているのだ」
「いっそのこと」
「何かね」
「勇退されれば」
「誰を優待させる」
「いえ、お引きになれば」
「それも悪くない」
 しかし、この会社、従業員は十人もいなかった。
 
   了



2017年6月18日

小説 川崎サイト