小説 川崎サイト

 

フリーな時間

 
 平日だが、その日、木村は休みだったので、町に出てみた。特に目的はなく、休みの日というフリーな時間を満喫したかったのだろう。部屋でごろ寝をしてもいい。無駄なことで時を過ごすのも自由。何もないというのがありがたい。いつもは何かがある時間帯で過ごしているためだ。勤めていればそんなものだろう。仕事中、フリーな時間も結構あるが、僅かで、あっという間に過ぎてしまう。丸一日、好きなことで過ごすようなわけにはいかない。
 外に出たくなったのは季候が良いため。よく晴れており、冷房も暖房もいらない良い季節のためだろう。
 手ぶらで出掛けてもいいのだが、肩が淋しい。いつものショルダーが肩に掛かっていないと落ち着かない。
 用もないのにウロウロする街歩きに出掛けたことになるのだが、ウロウロするのが用だ。
 いつもの通勤の道ではなく、逆の方角へ向かうことにした。何年かここで住んでいるが、滅多にその方角へは向かわない。駅とは反対側なので、そこを何処までも行けば田舎になる。行きつけの店などは、この町には最初からない。ただのベッドタウンで、寝に帰るだけの町。行きつけの場所は仕事場のある繁華街などだ。そのため、ここに住んでいるが馴染みはない。
 しかし、何もない日はたまに散歩に出掛ける。未踏地が拡がっているようなものだが、休みの日は全てそのために使っているのなら、見飽きてしまうが、滅多にその方角へ行くことはない。
 その平日の休日は珍しく遊びに行くネタがなかっただけ。
 部屋を出てからしばらくすると小さな川にぶつかる。さっと渡ってしまえる程度の橋。小さな川だが、ここで町名が変わるが、同じ市内だ。そのため、木村の住んでいる場所と風景は変わらない。同じ部品を並べているようなもの。
 特に目的はないので、歩きやすそうな川沿いの小径を行く。車が入って来れない土手だ。上流に向かうほど緑が多くなる。住宅地なのだが、昔からあるような農家の屋根が見えるし、神社らしきものもある。
 さらに遡ると川幅が狭くなり、土手道が途切れる。丘陵地に入り込むためだろう。
 ここで遡るのをやめ、土手から降りる。
 確かに自由な時間を自由に使っているのだが、これでいいのだろうかと木村は考えた。具体的な何かがない。休みの日だからこそできるような用事があるはず。それが、こんな散歩でいいのだろうか。そして街歩きといっても、もうそこには店屋もないし、見るべきものもない。川の流れを見たのは久しぶりで、川辺の雑草が目に染み、それはそれなりに結構なことなのだが、地味。まるで年寄りだ。
 休日なのだから、もっと派手な遊びをしたかった。しかし友人達は仕事なので、昼間から誘えない。それに給料日前で小遣いも少ない。だから、ただの街歩きとなったようなもの。
 丘陵に入るのか、少し坂道になる。瓦葺きの古い家が目立ち始める。そして緑も多い。こんなところに住んだ方がよかったのだが、駅から遠い。
 季候はいいが、少し歩いたので、喉が渇いてきた。それは先ほどから感じており、自販機を探しているのだが、見当たらない。見知らぬ人が行き交う市街地ではないためだろうか。しかし、これだけ家が並んでいるのだから、小さなパン屋でもあるはず。そこが廃業していても自販機程度は置いているかもしれないのだが、見当たらない。
 気が付けば丘陵の上まで来ていた。今度は下りになるのか、足が軽い。
 こんな近くに、こんな場所ががあったのだ。
 前方はもう舗装していない茶色い道。雑木林が続いている。
 何か起こりそうな気配がするが、妙なところに入り込んだときは、そんなものだろう。結局道に迷いながら、部屋に戻ってきた。
 自由な時間を自由に使ったのだが、自由さを満喫した気は起こらなかった。
 
   了



2017年6月19日

小説 川崎サイト