小説 川崎サイト

 

夏の思い出

 
「夏の思い出、ですか」
「そうです」
「いくつもの夏を過ごしてきましたので、色々と思い出はあるのですが、暑いほど思い出として残るようです」
「夏の思い出ですからね」
「だから、暑い思いをしたというのを先ず思い出してしまいます。炎天下山道を歩いたとかね。大した意味はありません。バスがあると思っていたのですがないのです。バスはありますよ。しかし昼に一本だけ、それを過ぎていましたから、次は夕方一本。朝一本。これじゃ歩くしかないでしょ。少し山中なのでタクシーを呼ぶわけにもいきません。車も少ない新道でしてね。こんな道路、必要じゃなかったのでしょうねえ」
「そこを歩かれたとか」
「車道はアスファルトの照り返しで暑いですからね。それに日影も少ない。それに車が少ないので、結構飛ばしているんです。カーブが多いのにね。それで、山道に戻りまして、昔からある里へと続く道を進みました」
「はい」
「夏山はもう少し高い山か渓谷でないと涼しくありません」
「思い出とはそれだけですか」
「原っぱに出ましてねえ。もう里山に近いのですが、日影がない。木が近くにないのでね。その白い道が遠くまで延びていました。炎天下、そこを何処までも歩くのかと思うと、もうそれだけでも疲れてしまいましたよ」
「その道を歩かれたのが、夏の思い出ですか。余程印象に残ったのですね」
「いや、暑いだけで、他に何もありません。風が少しでも吹くと気持ちが良かった。瞼から汗が垂れ、目に染みました。滅多にそんなことにはならないので、余程暑かったのでしょうなあ。まあ、単純な話ですが」
「どうしてそれが印象深かったのでしょうか」
「さあね」
「でも、真っ先に思い浮かんだわけでしょ。夏の思い出として」
「なぜでしょうねえ。それを思い出したのですから、仕方ありません。他にも色々とあったはずなんですが」
「それで無事に山から下りてこられたのですね」
「そうです。つまらん話でしょ」
「いえいえ」
 
   了


2017年6月22日

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