小説 川崎サイト

 

式蚊

 
 妖怪博士のもとに、些細なことで相談に来る人がいる。その人が妖怪に見えたりする。
「耳に蚊です」
「はい」
「寝る前、耳元に蚊が来て、喧しくて」
「空襲ですなあ」
「それで、耳ごとパチリとやってしまい、耳は痛いが、頭も痛い。ふらっとしましたよ。格闘技のようですよ。寝ている人間を上からパンチ、あれは効かないと思っていたら、結構効きます。何せ頭はそれ以上移動できない。後ろは枕ですから。固定されるわけです。パンチをモロに受けてしまいます。しかし、また襲ってきたので、叩き損ねたようです」
「はい」
「それで、納得してもらおうと」
「納得ですか。あなたが」
「いや、蚊です」
「蚊が納得」
「そうです。刺されりゃいいんだ。大した血の量じゃない。血が欲しいのなら持ってけ泥棒で、くれてやりましたよ。すると、もう来なくなりました」
「それはいいことをされましたねえ」
「そうなんですか」
「耳にくる蚊を式蚊と呼んでいます」
「しきか」
「式神のようなものです」
「式神って紙じゃないのですか」
「何でもよろしい。紙でも虫でも」
「はい」
「軽さからいえば式神と蚊は似ています」
「じゃ、式神に襲われたのですね」
「式蚊に襲われたということです」
「何か意味はあるのですか。普通の蚊だったと思いますが」
「見なかったでしょ」
「はい」
「実は、姿がないのです。音だけです」
「はあ」
「じゃ、式蚊は蚊の姿をしてないと」
「音だけが蚊に似ています」
「なぜ私が式蚊に襲われるのでしょう。誰かが式蚊を飛ばしたのですか」
「そうでしょう。恨みを晴らすためにね」
「しかし、大した晴らし方は方じゃないですよ。寝付けない程度です」
「きっと弱い目の式神なんでしょうなあ」
「そうなんですか」
「式神の中で、一番弱いのが式蚊です。蚊に刺された程度のダメージでしょ」
「そうです。しかし、耳たぶが一寸腫れていました」
「じゃ、それで恨みを晴らしたのでしょうなあ」
 
   了


2017年6月23日

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