小説 川崎サイト

 

風情

 
「さみだれをご存じですか」
「五月雨ですな」
「そうです」
「五月に降る雨ですか」
「そうです」
「それが何か」
「六月雨とは言いません」
「それが何か」
「だから、五月雨とは梅雨時に降る雨」
「ああ、旧暦ですからなあ」
「五月雨は実は六月雨なのです。今の時代では」
「それが何か」
「しかし、雨が降らない。今年は空梅雨のようです」
「それが何か」
「あなた、さみだれって、言いますか」
「言いません」
「じゃ、使うことはないと」
「はい。だから、五月雨も六月雨の違いがあっても、困りません。何月に降ろうと、雨は雨」
「それじゃ、風情がない」
「今は今の風情があるでしょ」
「ほう」
「雨の日のテールランプが綺麗だったりしますよ」
「車の後ろの、あのブレーキのランプですか」
「そうです。それが今の風情ですよ。昔はそんなものはなかった。提灯行列は年中やってないでしょ」
「ネオンなんかそうですねえ」
「あれも今の風情でしょ。しかしなかなかいい言葉ができない」
「自然現象ではないからでしょ」
「ああ、なるほど」
「名を付けたり、別名で言うのは今も昔もあるのですがねえ。風情が」
「いやいや、風情だけを楽しんだりする人ばかりじゃないですから」
「通人が減ったのかもしれませんねえ」
「粋な言い方とかね」
「そうです。しかし、世の中そんな人ばかりじゃない。花より団子の人が結構いる」
「あなた、どちらですか」
「団子」
「ほう」
「しかし、三色団子には風情がありますよ」
「ああ、色目がねえ。和菓子はそういうのが多いですから、あれも風情でしょうねえ」
「三色団子の三色は季節を表しています」
「でも三つでしょ。あとの一つは」
「秋です」
「秋がないのですか」
「聞いた話によりますと、秋がないのは、いくら食べても飽きないと団子屋が引っかけたようです。まあ、四つじゃ縁起が悪いこともありますがね」
「はい」
「まあ、これは古典です。新作が見たいですなあ」
「今のことを言い合わした風情のある言葉ですか」
「そうです」
「昔は流行歌に、いいのが盛られていたのですが、もう流行らないのでしょうなあ」
「風情って何でしょう」
「風景の情感です」
「そのままですなあ。それじゃ風情がない」
 
   了


2017年6月26日

小説 川崎サイト