小説 川崎サイト

 

虚言

 
 古きを訪ねると、そこはもうフィクションのような世界に近くなる。生々しいこともファンタジー化される。遠く離れすぎたことなので、現実とはもう関係のない、お伽噺を聞くような。
 しかし、それら古きことの繋がりの先に今がある。生々しい出来事のとき、雑兵として加わっていた人が倒れても、歴史的には殆ど意味はない。しかし、その子孫に影響する。その雑兵が若く、子がいなかったとすれば、その子孫は途絶える。
 つまり今、生きて過ごしている人達は奇跡的にとも言うほど、たまたま子孫を残して世を去ったのだろう。人は千年は生きられない。せいぜい百年。
 歴史的と言うほどではなくても、繋がっているのだ。
 そういった戦いなどとは別に早死に病死や事故死、自殺もあったはず。当然、また、子孫は両親がなくては残せない。必ずしも父母であるとは限らないが、その掛け合わせは偶然に近い。別の人と夫婦になっておれば、産まれなかった子供もいる。
「南米の蝶々が羽ばたきすれば、それがいずれ日本に風となって影響します」
「僅かですねえ」
「世界で起こっていることは、全て影響します。南の島の漁師が漕ぐ櫓の力具合で、日本の浜辺の波の高さが変わります」
「それは言いすぎでしょ」
「些細なことの連鎖や集まりで、この世の中が動いているのです」
「私は夏場アイスコーヒーを飲みますが、たまたま夏場でもホットコーヒーを飲んだとします。それも世界経済に影響しますか」
「します。アイスコーヒーの方が高い店もあるでしょ。それに氷が必要です」
「細かい。その程度では」
「だから、あなたがとったちょとした行動が世の中を変えるのです。その気でなくてもね」
「それも言いすぎでしょ」
「いや、この小さなことの集まりが結構効くのです。しかもそれほど意識的ではないでしょうから」
「じゃ、私が久しぶりに山登りをしてもそうですか」
「そうです」
「その証拠を見せて下さい」
「その証拠を見せようとする行動で、また世の中が変わります」
「変わらないと思いますが」
「そうですね。常識的には。しかし、世の中を動かそうとしている人達よりも、普段、何気なくやっていることで変わることが多いのですよ」
「それは妄想でしょ」
「そういう妄想を起こしたことだけでも、また今後が違ってくるのです。それが何処で何に影響するかは分かりません」
「はい、楽しい虚言、有り難うございました」
「いえいえ」
 
   了


2017年7月3日

小説 川崎サイト