小説 川崎サイト

 

イタコの伊太郎

 
 庄司伊太郎が優柔不断なのは聞きすぎるためだ。相手の話をよく聞く。しかも親身に。時として話している相手に感情移入し、イタコ状態になる。相手がいなくなったときも、そのイタコはいつでも起動し、相手の心情通りのことを話したりする。当然相手が言っていないようなことでも、おそらくこう言うだろうと、自動弁舌的に語る。
 問題は意見の違う相手の話もよく聞き、ここでも同調し、賛同したり、喜んだり泣いたりする。当然憤りを感じたり、進むべき道について納得したりする。そういう相手が一杯いる。沢山いる。そのため、異なりすぎる意見でも受け入れていることになるが、同時イタコは無理なようで、一人に限られる。そのため、どれを憑依させるかで庄司の態度は決まる。
 しかし、時や場所により、何が憑依するのかは曖昧なため、何を考えているのかが分かりにくい人になってしまう。考えていることははっきりしているのだが、コロコロと変わるためだ。なぜそんな猫の目のように変わるかが分からないので、その豹変をいぶかしがる人が多い。意見が毎回違うので、信用ならんとなる。しかし、相手の話に合わすのが上手いため、滅多に馬脚を表さない。一対一なら先ず大丈夫だ。
 庄司は素直なので、異なる意見でも理解できるし、その気持ちに心底なる。非常に理解力の高い人だ。そして、どちらを選んでも間違っていないと思えるのだ。
 これは人の話を素直に聞きすぎたためだろう。本もそうだし、情報もそうだ。
「意見というものはですねえ庄司君。その意見を発する源があるのですよ。結局それは自分に都合のよいもの。自分に益するものが優先されています。普段はこれを隠していますがね。当然それだけじゃありませんよ。積年の恨みとかも、奥の方で糸を引いているのですよ」
「そうなんですか」
「立場違えば意見も違う。当然でしょ。しかし、君の場合、淡泊なんだなあ」
「はあ」
「それだけ異なる意見とか立場を理解できるのでしたら、一人で座談会ができるでしょ」
「よくやります。イタコが忙しいですが」
「奥にあるエネルギーのようなものが、君には希薄なんです。人を動かしているのは、そこです。そこから発せられるのです。ところが君の場合、スカスカなんですよ。自分がないということじゃありませんがね」
「イタコのときは自分は消します」
「そうでしょ。だからあまり感情移入してはいけません。そうでないと自分の意見というのができないでしょ。意見といっても、本人の都合という程度ですがね」
「今は信用ならんと言われてしまい、それが都合が悪いです」
「では隠された欲望は何だと思います」
「ずっとイタコの伊太郎をしたいことです」
「あ、そう」
 
   了


2017年7月5日

小説 川崎サイト