小説 川崎サイト

 

夏の人

 
「暑いですなあ」
「私はこの季節になると元気になります」
「バテませんか」
「バテるようなことをしなければ、元気に過ごせます」
「夏がお好きなのですか」
「そうですなあ。きっと先祖は南方から渡って来た人なんでしょうなあ。私なんて、そっちの国へ行けば地元の人になれそうです。同じ顔をしています」
「だから暑さに強いと」
「だめですよ。だから木陰で静かにしているのです」
「木陰によく入られるのですか」
「そうです」
「そして何もしない」
「はい。暑いとき、動くからせっかくの元気も減ります」
「暑いのが好きなのに弱い?」
「そうです。暑さには本当は強いのですが、動くと弱くなります」
「強いのに弱いと」
「動くからですよ」
「はあ」
「極力暑苦しい動きはしません。特に何もしなくても、それなりに動くでしょ。歩いたり、用事をしたりと」
「運動をしないと」
「余計な動きはしません」
「どうしてでしょうねえ」
「大した意味はありませんよ。ただの怠け者です。そして、熱帯の怖さを何処かで知っているのでしょうねえ」
「熱帯の怖さですか」
「暑いことによる怖さです」
「熱中症とか」
「それもありますが、冬の怖さではなく、夏の怖さ。これは暑いということの怖さと、寒いということの怖さもあります」
「何でしょう」
「ここは赤道に近い熱帯ではありませんが、熱帯の怖さがあるのです」
「どんな」
「それはお話ししても分からないと思います。私もそれほど実感はない。しかし、何らかの記憶があるのでしょうねえ」
「どんな怖さですか」
「雪国、寒冷地の怖さと同じようなものでしょうか」
「何でしょう」
「具体性はありません」
「暑いだけ、寒いだけでしょ」
「暑さが、熱いとなり、ここから先がとば口です。その奥に怖いものが潜んでいるのです。それに接するといけません。それが出ます」
「バケモノですか」
「そんな具体的なものでありません。それに触れると、怖いことになります。おそらくそうなると思うだけで、私もそんな体験はありませんがね」
「何かいるのでしょ」
「いません」
「ほう」
「だから暑いところの人達はあまり動かないで、のんびりといているようです。暑さには強いのにね。それが秘密です」
「何でしょう。想像が付きません」
「濃さです」
「はあ?」
「密度の濃さです」
「よく分からないお話しですが」
「私もよく分かっていません」
「曖昧な話ですねえ」
「私は怠け者ですが、怠けているのは一種の防御策なんです」
「理解しがたいですが、まあ、夏の狂気のようなものですか。それが出て来ると」
「私は熱帯を知りません。しかし、遠く先祖の血が知っているのでしょうねえ」
 
   了


2017年7月6日

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