小説 川崎サイト



技術以前

川崎ゆきお



「技術以前の問題があるんだな」
「技術不足ということでしょうか? まだ、こなせるだけの技術レベルに達していないとか……」
「そうじゃない」
「では、技術以前とは何でしょうか?」
「技術をどう使うかの問題だ」
「当然目的を果たすためでしょ」
「その目的が問題なんだ」
「それは技術の問題ではないですね」
「そう。だから技術以前の問題だと言ってる」
「それは考えたことがないです」
「技術に目が奪われているからだよ」
「いえ、考えたことがないだけです」
「そうなのか」
「目的はあるんじゃないですか。考えなくても」
「命令を果たすとかが目的だね」
「はい、そうです」
「それは分かりやすいので、頭を巡らすこともないわけだ」
「はい、当然のことで」
「私はこの年になると考えてしまう。大した技能はないんだがね」
「いえ、大先輩の技術は一流です」
「そこへ至るまでは楽しかったが、ここ数年は違う」
「もう、完全にマスターされたので、そんな心境になられたのでしょうか」
「逆だね」
「はあ?」
「後継者に悩みを明かすとは」
「はあ……」
「この仕事は引退してしまえば、私には何も残らないんだよ。もう二度とやることもない。これまで蓄積したことを、君達に伝えて、それで終わりだ」
「はい」
「そうするとね、技術以前のところに戻されるんだよ。ここでの嘱託もあと半年だ。まだ元気だがね。もう使ってはくれないさ。熟練工だが、社を左右するほど大事な技術じゃない」
「はい……」
「でも、長年やってこられたのは、技術力があったからでしょ」
「雇ってもらえる限界まではね。だが、その先、私には用のない技術となる」
「もう、ゆっくりされてはいかがですか?」
「そうなんだがね。こういう終わり方は淋しいねえ」
「それは確かに技術の問題じゃないですね。別の問題ですね」
「うむ、だと思う」
 
   了
 
 
 



          2007年4月27日
 

 

 

小説 川崎サイト