小説 川崎サイト

 

蚊を食う人形

 
 夏場は虫の息になっている妖怪博士なので、夏休みに入っている。そのため仕事はしない。
 そこへややこしい老婆が現れたが、これが若作りで、何処かのお嬢ちゃんのようなスタイル。暑苦しいときに、そんなものは見たくないのだが、訪ねて来る客を追い出せない。別に客相手の商売をしているわけではないが、ややこしいことを相談に来たり、怪しい話をしに来たりする。その中で依頼までする人は希。依頼されれば商売になるのだが、滅多にそれはない。
 お嬢ちゃんの老婆は暑苦しくないのか、汗もかいていない。よほど震えるようなことでもあったのだろうか。妖怪博士は一応団扇を渡す。扇風機はあるが、うるさい音がして、話が聞き取りにくいので、回していない。
「蚊を食う人形ですかな」
「そうです」
「蚊食い人形ですなあ」
「かわいい西洋人形で、大きなおめめをしていますが、もうかなり古くなりました。去年の夏からおかしいと思っていたのですが、やはりそうでした」
「蚊を食べるのですかな」
「そうです。リンカちゃんに近付いた蚊をぱくりと」
「人形の名前がリンカちゃん」
「はい」
「ミルクのみ人形ですかな」
「違います。陶器製です」
「じゃ、置物ですね。そして固い。それなら口を開かないでしょ」
「少しだけ開いていますが、買ったときに比べて開き方が大きくなったようなのです。笑っている表情になるのですが」
「食べた蚊はどうなります」
「消えます」
「口の中に空洞は」
「ありません。唇だけです。隙間はありますが、開いていません」
 蚊食い鳥という妖怪はいるが、蚊を食う人形は妖怪博士も流石に初耳だ。
「夏場はどうなされています」
「え、何がですか」
「蚊が出るでしょ」
「はい、蚊取り線香を点けています」
「多いですか」
「昔と比べて、蚊は減りました。一匹か二匹がうるさく耳元に来る程度です。それがリンカちゃんの近くへ行くと、消えてしまうのです」
「蚊取り線香が効いて、落ちたのでしょ」
「いえ、手で蚊を捕まえることもあります」
「固いでしょ」
「え、何がです」
「だから、陶器なので関節が」
「いえ、軽く手を出します」
「蚊を手掴み。それは人でも無理ですぞ」
「でもリンカちゃんは敏捷だから、身体も柔らかいのです」
「宮本武蔵のようですね」
「え、何ですか」
「飯屋で飛んでいるハエを箸で挟み取るのです」
「リンカちゃんなら、箸もいりません」
「はい、分かりました。蚊取り線香がいらないので、助かるという話ですな」
「でも、リンカちゃんが妙なので、相談を」
「蚊を食う人形、まあ、それもありですなあ」
「何かお祓いが必要なのでは」
「困るようなことがありますかな」
「ありません」
「では、気味が悪いとか、怖いとかは」
「ありません」
「だったらそのままでいいと思いますよ」
「あ、はい」
「では、そういうことで」
「ありがとうございました妖怪博士。これですっきりしました」
「はいはい、私は暑苦しくて仕方がありませんでしたがね」
「あ、はい」
 
   了


2017年7月22日

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