小説 川崎サイト

 

お気に入りのシャツ

 
 下田は夏になると、何となく着ている長袖のチェック模様のカッターシャツがある。これは不思議なシャツでも、気に入ったシャツでもない。いつ、何処で買ったものなのかも忘れている。物には物語がある。だからどの物にもそれにまつわるストーリーがあるのだが、不思議とこのシャツにはない。どんな動機で、他のシャツではなく、これにしたのかのお話がない。
 他にも似たような長袖のカッターシャツがあり、夏場は薄いタイプに限られている。半袖は持っていない。だから、下田は半袖のカッターシャツの物語を何一つ持っていないが、脇役で出てくる。シャツを買いに行ったとき、半袖は邪魔だ。あっても買わないのだから、見もしない。半袖か長袖かの選択はないが、一応目には入っている。間違わないように。だから、役どころはそんな感じで、脇役以前だろう。
 さて、チェック模様の長袖の薄いタイプのカッターシャツだが、これに関しての思い出もない。気に入ったものではないが、悪いものでもない。可もなく不可もない。そのため、外に出るとき、とりあえず着てしまうことが多い。あくまでもとりあえずで、これを着て外出したいわけではない。着ると気持ちがいいわけでもないが、着やすい。
 他にも色々とシャツは持っており、夏向けの高い麻のシャツもある。これは気に入っているのだが、白いため、襟の汚れがすぐに出る。いい物だが着る気がそれで減る。少し神経を使うためだ。
 複数あるもの中から一つを自然と選んでいる。選ぶというほどのことではなく、とりあえずそれになる。ここを下田は注目した。その物に物語性がなく、悪いイメージもいいイメージもなく、思い入れもなければ、それにまつわる思い出もない。
 しかし、一番着る頻度が高い。だから一番気に入ったものであるはずなのだが、そうではない。この不思議さに下田は気付いたのだ。
 つまり、意識して着ていないのだ。
 その後、意識し始めると、話が違ってきた。そのシャツを注目してから変になった。いつもの着方と違うのだ。つまり物語性ができてしまったのだ。これは失敗したと、下田は感じだ。
 気付かなかった方が良かったのだ。
 
   了


2017年7月23日

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