小説 川崎サイト

 

嫌いなことをする

 
「嫌なことは嫌々やる」
「はい」
「なぜ嫌なのかを考え、その理由が分かったとしても、嫌が好きにはならない。もっと嫌になったりする」
「理由は何でしょう」
「楽しくない。苦しい。だから嫌なのだ」
「単純ですねえ」
「なぜ苦しいのかというと、うまくいかないからだ。すんなりといかない。失敗も多い。だから進まない」
「それが理由ですか」
「さらに、そのものが嫌いで、苦手なこともある。これは今までの経験で、苦しんだ思い出が多い。だから最初からやる気がしない」
「じゃ、その嫌ことはやめて、別のことをされては」
「いや、これが本職なのでね」
「じゃ、苦行が本職」
「ずっと苦しいわけじゃないよ。それをやっているときが苦しいだけでね」
「では、嫌いなことを本職に」
「好きなことを本職にするよりいいからだ」
「好きこそものの上手なり、とか言いますし、できれば好きなことで食べていきたいでしょ」
「それは甘い罠でね。その手には乗らなかった」
「でも、苦しいのでしょ」
「我慢できないほどね」
「よく続けられますねえ」
「いつも、もうこんなことはやめようと思っているよ」
「妙な本職ですねえ」
「しかし、苦しさに対する回避方が少しある」
「教えてください」
「嫌いなことは嫌いだと思うこと。これは思わなくても、自然にそう思うはずなので、ここは弄らなくてもいい。どうせ苦しい目に遭う。どうせ嫌な目に遭う。それを覚悟することだ。やるのはそれだけ」
「苦しそうな話ですねえ」
「そして、嫌なことはさっとやる。できるだけ短く。早くすませて、続きは明日。時間を決め、それ以上はしない。一日五分でもいい」
「一日五分の仕事ってないでしょ」
「丸一日休むより、五分でもやった方がいいのだ。すると五分分前進する」
「苦しくても一応前進しているのですね」
「失敗したら、失敗したまま先へ進む。どうせ、全部が失敗のようなものなのでね」
「すさまじいですねえ」
「嫌いなことだけに、少しでも進むと逆に楽しい。それが楽しくて好きにはなれないがね。嫌いなままだよ。ただ、うまく乗り越えたという達成感がある。それだけだ」
「そのことじゃなく、達成感ですか」
「満足感じゃないよ。何とか切り抜けた程度のもの。ほっとする程度」
「はい」
「今日の分を何とかこなしたあと、何でもないことがものすごく楽しい。それほど好きではないことでも、楽しめるようになる」
「苦行が楽しいのではないのですね」
「そんな趣味はない。できればやりたくない。まあ、食わないといけないので、仕方なくやっているんだ」
「ご苦労様です」
「苦労するよ」
「だから」
「何ですか」
「それで得た収入は慰謝料のようなもの」
「はい」
「しかし、嫌いなことでも逃げ方を覚えるようになる。できるだけ苦しくならない方法をね。嫌なことの避け方だよ。避けきれるわけじゃないが、少しは緩和する」
「好きだからこそずっと続けておられるのだと思っていました」
「逆だね」
 
   了



2017年7月26日

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