小説 川崎サイト

 

秘境戻り

 
 秘境戻りというのがある。秘境から戻ってくる話に近いが、それ以前に最近では秘境がもう秘境ではなくなっているのだろう。秘境と名付けられている場所は、既に大勢人が行っており、その映像を行ったことがない人でも見ることができるため、秘密っぽさがない。秘宝も公開され、どんな形をしているものかは分かっている。ただ、絶対に公開しない秘宝もある。秘境よりも守りやすいためだろう。
 秘伝もそうで、秘伝の料理法などはいくらでも世の中に出回っていたりする。虎の巻が、もう普通になっている。
 さて、秘境だが、これも本当にまずい場所がある。人が入り込むような場所ではないような。だから人知れずそっとそこにあったのだろう。また、秘境の入り口付近で、これは少しまずいと思えるため、それ以上行かなかったりする。危険な場所で、それ以上進むと命が危ないような。
 秘境戻りだが、これは秘境へ行くのではなく、秘境らしからぬ場所。つまり普通に人が住み暮らしているような場所へ戻ることだ。戻らなくても、そこが出発点なので、わざわざ出掛ける必要はないが。
 人が滅多に行かない秘境へ向かっていた場所より、日常の秘境らしからぬところに、秘境を見る。これが秘境戻りだ。秘境にはもう秘境がないわけではないが、身近なところに秘境を見いだすこと。
 たとえば家の中にも秘境があり、部屋の中にもあるし、物置の隅にもあるし、机の引き出しにもあるし、本棚にもある。
 決して何も隠しておらず。秘めたものはないのだが、秘密っぽいものがあるはずだ。
 秘境を秘密っぽい場所と解釈すれば、境とは位置とか場所、もっと言えば立ち位置や、その人の心境や境地の境だ。
 日常の中での身近な秘境は便所の秘密だろう。秘密にしている便所があるのではなく、誰にも明かしたことのない内緒のようなものだろう。それを便所の秘密という。小さい頃なら親と一緒に便所へ入ることもあるが、ある年齢からは一人だ。小なら並んでするが、大は個室になる。秘密の場所に近い。便所の中で考えたことが便所の秘密ではない。その人の秘境に関することで、便所でなくてもいいが、この臭い言葉がよく似合うのだ。つまり秘密とは臭い。
 個人の秘境は見えない。本人は見えているかもしれないが、他人には分からない絵がそこにある。隠された風景だ。
 人々が秘境に興味を持つのは、それが具体的に目の前の風景として展開するからだろ。決してそれは個人の精神状態とは関係するものではないが、何かの代用なのかもしれない。
 
   了




2017年7月28日

小説 川崎サイト