小説 川崎サイト

 

浦神

 
 古川がその村に入ったとき、少し妙な気配を感じた。気配なので、具体性はない。気のせいだろう。しかし、気配を感じさせるもの、そのものがないのだ。つまり静か。
 小さなバイクで山間の村を訪ねるのが古川の趣味で、適当に走り、適当な村に入る。これは探さなくても走っていれば村入りできる。村へ続く道がなかったりすると別だが、それは不便だろう。入るための道がないような村など、それは存在しない村か、または大昔に消えた村だろう。
 古川は村に到着したとき、それを村入りと呼んでいる。その村入りのとき感じた静けさが気になる。特に変化のない村で、その近くの村と様子は同じだが、静けさが違う。きっとそういう時間帯なのだと思いながら、村のメイン通りをスーと通過する。小さな村なので、あっという間に家並みがなくなり、村から出てしまうが、そこもまだ村内で、田畑や雑木林が続いている。
 思った通り、人がいなかった。だから偶然その時間帯、誰も通りに出ておらず、野良にも出ていないのかもしれない。
 農家が集まっている場所へ引き返すと、また妙な気配を感じる。今度は具体性がある。それは表札だ。どの家も浦上となっている。浦上姓の多い村だろう。同じ姓の人が多い村は珍しくない。全員親戚だったりする。
 横道に入っても似たようなもので、誰とも出合わない。まさか一瞬にしてゴーストタウンになったわけではないはず。
 その静けさを破ったのは鈴の音。遠くから聞こえてくる。背後の山に動くものがある。旗だ。幟だろうか。白や青、黄色もある。これは山の中では目立つ。たとえ小さくても。自然の色目ではないためだ。
 古川のバイクはオフロードタイプなので、山道も平気だ。しかし山へ向かう上り坂は舗装されていて、その心配もなさそうだ。きっと村の神社だろう。幟で何となく分かる。
 山にさしかかったとき、鳥居が見えてきたので、これなら音を立てないで、歩いて行ってもいい距離。いきなりよそ者が聖域にバイクで乗り付けると驚くだろ。
 登り口にバイクを止め、坂を上ると、人が大勢いる。幟に書かれた文字を読むと浦神。浦神様という神社だろうか。浦上一族の氏神様かもしれない。
 坂の途中から、境内が見える。大勢の人がいる。子供も赤ちゃんもいる。村中総出で来ていたのだ。
 しかし、その衣装が何ともいえない。ほぼ裸だ。裸祭りだろうか。船の形をした神輿がでんとある。ここはかなり内陸部の村。海と関係しているとは思えないが、浦神の浦は、海辺だろう。
 きっとここの人達は海辺の民だったのかもしれない。
 古川は邪魔をしては悪いと思い、坂を下った。
 
   了


2017年7月31日

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