小説 川崎サイト

 

真夏の狂気

 
「どう夏をお過ごしですか」
「どうといって、まあ暑いのでへばっておりますよ」
「それはなにより」
「よくはありませんよ」
「暑いからでしょ。原因は」
「そうです」
「じゃ、健康で何より」
「汗が出てかないません」
「汗が出るのはいいことなのですよ。これが出なくなれば大変だ」
「そうですなあ」
「まあ、夏はへばっていてもいいのですよ。しかしお仕事はどうなされています」
「これが捗りません」
「暑いからですね」
「そうです」
「でも、やっておられる」
「まあ仕方なしですよ」
「部屋でできるお仕事でしたね」
「そうです。内職のようなものです。暑いので進みません。休んでもいいほどですが、少しでも進めておけば、あとが楽だ。夏休みの宿題を三十一日の日に一日で全部やるようなことになりますからね」
「それは危険です」
「それと、暑いと根気もなければ、集中力もない。こんなときに何かをやると、ろくなことにはなりません。ただ、少しだけなら大丈夫なんです。頭がイライラッとしだしたら、そこで終えます。これはレッドゾーンでしてね。そこに入るとまずいことになります」
「どのような」
「未知の領域に入ります。理性の外に出かかりますからね。制御できません。吹き出す熱気、マグマのようなものです。これが出てくるとまずいです」
「一種の狂気のようなものですか」
「そうですね、後先考えないでやってしまいがちです。だから暑くて暑くて乾燥ネギ坊主になってしまいました、の方がいいのです」
「乾燥ネギ坊主ですか」
「暑さに負ける方がいいという意味です。そこから先に進みますと暑さを忘れて熱中します。この熱中は狂気ですよ。怖いですよ。暴発でしょうなあ。ドライフラワーが爆発するようなものです」
「そんなことがありましたか」
「ありました。だから今の私があるのです。あのとき暴走してしまい、もう普通には戻れなくなったのです」
「それでこんな山奥でお暮らしですか」
「そうです。その後、暴走はありませんから、狂気もありませんが、用心して人里離れたところに住んだのです。できるだけ人と接触しないような場所をね。これは自主隔離ですよ」
「でも、もう狂気は出ないのでしょ」
「そう心得ているのですがね。こればかりはいつ出るかどうかは分かりません。現にこんな暑い日は出かかります。これはいけないと思い、すぐに水を掛けますがね」
「暑いとそうなるのですか」
「さあ、何でしょう。ストレスじゃないですか」
「ストレス」
「特に対人ストレスです」
「はあ」
「だから、人とは会わないことにしているのです」
「でも、今日は」
「ああ、来られてますねえ。見ず知らずのあなたが」
「はい」
「何か、モヤッとしたものが頭にきています。危ないですから、そろそろ帰られてはいかがですか」
「そ、そうですか」
「そうです」
「分かりました」
「そして一つ」
「何ですか」
「興味本位で私に近付かない方がよろしいかと」
「そ、そんなつもりは」
「なくても、同じことです」
「はい」
「さあ、安全なうちにお戻りを」
「はい」
 
   了




2017年8月7日

小説 川崎サイト