小説 川崎サイト

 

夏の終わりの宝探し

 
 お盆を過ぎると涼しくなるのだが、その頃、八代は夏の疲れがどっと出るようだ。しかし、出るほどの働きはしていないし、体力も使っていない。
「そろそろ仕事を始める頃だ」
 友人の渡辺が入ってきて、いきなりいう。
 渡辺も夏の間中ぐたっとしており、休んでいたが、これは夏に限ったことではない。
「そろそろだな」八代もその意見には賛成だ。決して反対はしない。
「さて仕事なんだが八代君、宝探しに行かないかい」
 来たな、と八代は感じた。働きに行く気が渡辺には最初からないのだろう。しかし、元気そうだ。
「宝探しねえ。その話、何度も乗ったけど、だめだったじゃないか」
「だから宝探しなんだよ。簡単に見付かるようならそれは宝じゃない。誰かがもうとっくに見付けているよ」
「そうだね。で、今回は何?」
「さっきまで夏休みをしていたので、まだそこまでの具体性はない。ただ、もう暑さも引いてきたので動き出さないといけないことは確か。それに気付いただけでも大したものだろ」
「そうだね。今年は早い目に気付いたのね」
「仕事は早い方がいい。この場合、起ち上がり、スタート地点が早いほどいい。いわば早起きをしたようなものだ」
「それで」
「それでね。具体的にはまだだけど、要するに宝探しに行こうということだけは分かった」
「そうかい」
「宝探しの前に、どの宝を探すか。まずは探す宝を見付けることから始めようじゃないか」
「じゃ何も分かっていないんだね。宝物の地図とかも」
「それはもう、最後の最後。そんなものを手に入れるのは、もっと後だよ。その手前が難しいんだ」
「そうだね。もの凄く難しいと思うよ」
「だろ」
「じゃ、どうやって宝を探すの」
「特定の宝じゃなく、宝情報を得ることから始めるんだ」
「はいはい」
「君も乗るねえ」
「どうすればいいんだ」
「宝がありそうなものを日頃から心がけて探すんだ。探す気持ちが大事。まずはそれだね」
「じゃ、特に何かする必要はないと」
「そうだね。まずは気持ちを宝探しに入れ替える。宝探しの人間になること。これがスタートだ」
「楽そうでいいけど」
「まあ、そうなんだけど」
「でもどうやって情報を得るの」
「普段から耳を澄ませ、しっかりと目を開いて、よく観察することだ」
「急に暑くなってきた」
「そうだよ。まずは気持ちを熱くすること。その感じで臨もうじゃないか八代君」
「そうしたいけど、夏の疲れがどっと出てねえ。体調悪いんだ」
「どんな仕事をした」
「特に」
「そうだろ。だからそんな夏の疲れなどないはず」
「最近気温の変化に弱いんだ」
「そんなことでは宝探しで深山に分け入れられないぜ」
「深山」
「宝物は深山に隠されているはず」
「深山も遠いけど、その手掛かりも遠そうだねえ」
「ま、まあね」
 渡辺はそのあとも宝探しについての御託を並べ立て、聞いている八代もその気になり、盛り上がった。
 そして数日後、渡辺がまた現れたのだが、もう宝探しの話は出なかった。
 
   了

 


2017年8月17日

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