小説 川崎サイト

 

隠れ里

 
 四十万村、別名静寂村は隠れ里と呼ばれているが、分からないように村の在処を隠しているわけでもなく、隠すためにできた村ではない。それほど山奥ではなく、普通の山里と変わらないのだが、便が悪い。これは地形的なことで、山間部によくあるような村だ。
 ただ近在の村人も四十万村へ足を運びたくない。山道が険しいことと、蛇が出る。狭い岩肌伝いの湿気た場所があり、ここを通るのが嫌なのだ。それにわざわざここへ出向くだけの用事もない。
 昔の話なので、この村は独立しており、近在の村の一部ではなかった。村として古くから拓けていたわけでもなく、村人も、近在の人達と似たような風習のため、特別な村ではない。ただ山奥ではなく、横へ逸れたところにあるため、奥よりも遠く感じられた。近いのに遠いのだ。それはこの村で行き止まりになるためだろう。あとは山また山となり、もう村はないので、立ち寄る人も少ない。
 昔はこんな隠れ里のような村にも外部から色々な人が訪れていた。行商とか、寺や神社に属する人達だ。当然物好きな旅人もおり、辺鄙なら辺鄙なほど由として来ていたのだ。
 そのため、近在からは無視されていたわけではないが、旅人がここを隠れ里だといいだした。別に隠しているわけではない。これは訪れた人が、ここに隠れ住みたいと思う気持ちから来たものだろう。隠れ家のような里。それがロマンを誘ったのだ。
 毒蛇が多いとされる沢沿いを少し登ったところに、里がある。山にできた棚のような場所で、僅かだが平地があるし、田畑もある。その時代は無理に田んぼを造り、米を作る必要はなく、隠れ里の人達の多くは猟師や木樵だった。
 また、この村は辺鄙な場所にあるためか、世間と隔離したような状態のため、あまり影響を受けなかった。
 この地を訪れた人達の噂が少し拡がり、その影響からか、ここに隠れ住む人が来た。そしていつの間にか、元いた村人より数が多くなる。
 そして早いうちに廃村となり、里のあった場所は山に戻っている。しかし、この村にも墓場があり、それが沢沿いの崖に僅かに残っている。
 隠れ里はそれで本当に隠れてしまった。
 
   了



2017年8月20日

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