小説 川崎サイト



大人しい人

川崎ゆきお



「大人しい人でしたけどねえ」
 奥田に関しての聞き込み情報は、ほとんどがこれだった。
「まさかあの人がねえ」
 と、返ってくる反応も同じだった。
 近所や職場での評判も悪いものではない。
 奥田がどうしてネット上で事件を起こしたのかは分からないままだ。
「誰でもその気があればやってしまえるんじゃないですか」
 それはネットに特化したことではなく、すべての人間に当てはまるかもしれない。そうならないのは、どこかで歯止めがかかるためだろう。
 だが、奥田の場合、十二分に歯止めがかかる人物に属しているように見受けられた。
 それが見せかけのものだったのかもしれないが、そこまで広げると万人に当てはまってしまう。
「そういう面がありましたよ」
 奥田と長く付き合っていた友人が語る。
「妙なことを考える男でしたからねえ。あんなことをしても当然かと思いますよ。僕も最初は分からなかったですよ。十年来の友人ですがね。大人しくて、無口で、素直で、まあ、やりやすい友達でしたよ。でもね、徐々に性根が見えてきましてねえ。それで面倒になって付き合わなくなったんですよ」
 この友人の話が正しいとすれば、奥田の印象が違ってしまう。
 確かに人を本当に理解することなど不可能だ。誰も奥田の本性を知らなかったとしても不思議ではない。
 奥田を危険人物と見ていたのは、その友人だけだ。
「本人は病気だと言ってましたよ。精神科へも行ってましたね。急に不安に襲われるようです。だから奥田の生活はね、その不安を取り除くことだったんですよ」
 奥田はネット上の掲示板を荒らし続け、捕まった。
「早い時期からネットやってましたねえ。パンドラの箱だと言ってましたよ」
 奥田はネット上で日頃封印していた性癖を解放したのかもしれない。
「あいつに会わなくなったのはね、奥田の性格と合わなくなったからですよ。十年目でやっと分かったんですからね。周囲の人間が見抜けなくて当たり前ですよ。決して周囲に迷惑をかける男じゃないですからね。大人しいですから。見かけは」
 奥田は被害者と和解した。非常に大人しく。
 
   了
 
 



          2007年5月1日
 

 

 

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