小説 川崎サイト

 

朝顔

 
「朝顔?」
「はい」
「朝顔がどうかしましたか。まさかその年でまだ朝顔日記を付けているとか」
「それはありませんが、朝顔を種から育てたことは一度だけあります。夏休みの宿題を素直にこなしていたのです。今思えば記録ですから適当でよかったのです。実際に育てなくても、写真の添付は必要じゃありませんが絵は必要でした。これも適当に書けばよかったのですが」
「やはり朝顔絵日記の話ですか」
「違います。朝顔が気になりましてね」
「その辺に咲いているでしょ、いくらでも。珍しくも何でもない花ですよ。網フェンスに蔓を巻かせたりね。また簾を立てて日除けとし、その表面にさらに朝顔の蔓を絡ませ二重の日除けとする、とか。日常見慣れた景色でしょ。そんなものが気になったのですか」
「そうなんです」
「ほほう、どうして」
「いつも気にしてなかったからです」
「咲いているのは分かっていても、大きな驚きじゃない。あるものがあるという程度で、意外なものじゃない。気をつけるようなものじゃない」
「だから、気になったのです」
「ほほう」
「今まで気にしていなかったものを気にする。その方針で見た場合」
「方針とは大袈裟な」
「いえいえ、目先を変えて、ありふれたものに目を向けようと考えたとき、朝顔が来ました」
「じゃ、朝顔でなくても昼顔でも夕顔でも、百合でも、サルスベリでも何でもよかったのでしょ」
「そうなんです。しかし、一等が朝顔です」
「一等ですか。じゃ優勝ですなあ」
「なぜ朝顔が一番に来たのかが不思議です。これは個人的なことでしょうが、それが朝顔だったわけです。この縁を大事にしたい」
「それよりもっとあなた、人の縁を大事にしなさい。評判よくないですよ」
「その問題は別の問題です」
「あ、そう。それで朝顔との縁を大事にするとはどういうことですか」
「何でもないものから何かを見出す。これです。その象徴が私の場合、朝顔だった。もし今、家紋を作るのなら朝顔をデザインしたものしたい」
「朝顔の象徴はいわずとも朝でしょ。そのまんまです。まあ、便器も朝顔といってますがね」
「そうなんですか」
「男性用の、あれです。ラッパのように開いているでしょ」
「それは一寸、朝顔のイメージとしては」
「まあ、そうですが、朝がポイントじゃないですかな」
「いえ、そうじゃなく、私にとって朝顔はあまり詳しくないからいいのです。最初に思い浮かべたのが朝顔だった。この縁だけで、もう十分です」
「それで、どうするわけですか」
「ああ、朝顔もあったなあ、と言う程度で終わります」
「じゃ、大して意味はないですなあ」
「しかし、今後朝顔を見たとき、感じ方が違い、見方も変わります。これだけでいいのです」
「はい、お勝手に」
 
   了



2017年8月23日

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