小説 川崎サイト

 

起業の秋

 
「急に涼しくなりましたねえ」
「ああ、そうですねえ。楽になりましたねえ」
「暑くて暑くてどうにもならなかったですからねえ。しかし、暑くなくてもどうともならない日々を送っているので、もう暑さのせいにはできなくなりましたよ」
「ああ、そうなんですか」
「夏場、色々と思うところがあり、涼しくなれば実行するつもりでした」
「涼しくなりましたよ」
「そこです」
「え、どこですか」
「夏場考えていたのは、ただのお題目で、お経のようなものでした。まあ念仏でも唱えておれば多少気が落ち着いたのでしょう」
「何を考えておられたのですか」
「秋になれば、いよいよ新事業を興すと」
「ああ、起業ですか。それはありふれた念仏ですねえ」
「そうなんです」
「で、もう失敗を考えて」
「はい、今からでもできるわけですが、その今になると、それはただの妄想だったと考えてしまいます。暑いときなので、頭がどうかしていたのでしょ。寒くても似たようなものですがね。どちらにしてもやる前から失敗が見えてきましてね。それで何ともなりません」
「何ともならないことが多いですねえ」
「何とかなることは簡単な事です。しかし、やっても大した値打ちはない」
「じゃ、頑張って起業されては」
「起業という言い方をすると失敗することが分かりました。いい言葉じゃない。殆ど失敗話を量産するようなもので、失敗の代名詞が起業なんです」
「はあ」
「誰だって起業できます。だから敷居が低いのでやり始めるのは簡単なのですが、そのあとがいけない。そういう話、方々で聞くでしょ。だから起業とは失敗することなんです。それで何ともならないと思いまして、今回も足踏み状態です」
「じゃ、起業以外のことをやられては」
「そうなんです。だから別の言葉を探す必要があります。起業は失敗しますのでね。手垢の付いていない言葉を探しています」
「探さなくても、新規事業でいいじゃないですか」
「ああ、新規ねえ」
「他に何かやりたいことがないのですか」
「だから起業をやりたいのです」
「ですから、その起業の中身です。何かやりたいことがあってやるわけですから」
「そこなんです河原崎さん」
「はい、何でしょう」
「ないのです」
「それはだめでしょ。起業したいから起業をするのは」
「いや、何でもいいのです。何か事業をやりたいのです」
「それはもう個人的な話ですから何とも言えません」
「ボランティアや非営利団体は嫌なんです。やはり儲けて、いい暮らしをしたい」
「それで暑い頃に考えていたことは、やはりだめなんですか? それをやられては。失敗を恐れず」
「それが何ともならないので、ブツクサ言っているのですよ」
「やる前から失敗が見えていると」
「そうです。だから計画はあるのですが、何ともなりません」
「困りましたねえ」
「まあ、人にこんなことまで話す必要はなかったのですがね」
「そうですよ」
「はい、何ともなりません」
 
   了



 


2017年8月29日

小説 川崎サイト