小説 川崎サイト

 

普通の謎

 
 大石が自転車で道を渡ろうすると、左側から来た自転車がその前を横切った。
「あれっ、見たことがある」
 と、声を出したわけでも、呟いたわけでもなく、誰だかすぐに分かった。後ろ姿でも分かったかもしれない。よく見かける人で、毎日喫茶店で見ている。その人も常連だが、顔を知っている程度。また、大石と同じように自転車で来ているのか、来るときと帰るときに見かけることがある。ただ、大石は同じ時間に行くわけではないし、その人も時間はバスのようには決まっていないのだろう。一時間以上のズレがあるようだ。
 この老人は喫茶店で静かに本を読んでいる。そういう人は何人か見かけるので珍しくはないが、いつも同じ本ではないかと思える。テーブルが近いとき、立ち上がり際に本を覗くと大きな活字。年寄り用の大きな字の本ではなく、お経らしい。僧侶なのかもしれないが、坊主頭ではない。いつも帽子を被っているので、どんな髪型なのかは分からないが、耳のあたりや後頭部の毛を見る限り、丸坊主ではないようだ。
 大石が「あれっ」と思ったのは、喫茶店の時間帯ではないこと。まだ朝なのだ。喫茶店でいつも見るのはお昼前後。その老人、喫茶店へ行くだけで外に出ているわけではないので、見かけても不思議ではないが。
 それとコースだ。老人が住んでいるであろうと思われる地域がある。これは推測だが、大石の住んでいる地域と近い。これは喫茶店からの帰り道、その人とすれ違うため。だから大凡の方角が分かる。
 しかし、先ほど見かけた場所はそれに該当しない。この老人の動きが重大なことと繋がっているわけではない。単に日常の移動だろう。
 大石は気になるので、いつもの道ではなく、その老人の後を追った。後ろ姿でもピンとくるのは真夏でもジャンパーを羽織っているためだ。そんな人は非常に少ない。だから帽子と灰色のジャンパーだけでも特定できる。
 老人は直進し、信号前で止まった。青なのに止まっている。そして自転車から降りた。歩道脇に整形外科がある。そこの自転車置き場に自転車を詰め込んでいる。止まっている自転車が多いのだ。時間的には開いて間もない頃だろうか。一番混む時間帯だろう。
 これで大石は納得した。この整形外科、大石も通っていた頃がある。今頃入れば終わるのは昼前だろう。時間的には辻褄が合う。終えてから喫茶店へ行けば、ほぼいつもの時間にこの老人を見かけることになるはず。
 それだけの話だが、この人が住んでいるであろう場所とは逆側から自転車で来たのが謎だ。そちらにコンビニがある。そこへ先に寄ったのだろうか。
 または朝からそちらの方角に行く用事があったのかもしれない。
 
   了

 


2017年9月1日

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