小説 川崎サイト

 

ある供物

 
「これは弄らない方がいいでしょ。調査はもう終えましょう」
 宿屋でリーダーがスタッフに伝えている。ミーティングのようなものだ。調査に来たのは山間の村で、そこにある滝。
 この滝の行事として、川魚の稚魚を酒の入った桶に入れ、そのまま滝壺へと落とすもの。これを調べに来た調査チームなのだが、中止することにしたのだ。その実態が分かったため。
 滝壺の周辺にかなり古い石仏や、石饅頭あり、石組みの祠には立派な観音さんが祭られている。これも古い。地蔵ではない。
 この行事との関連性を調べていくうちに、あることが分かった。
「魚の前は兎だったようです」
「かなり前でしょ」
「そうです。その前は猪」
「さらに前が問題でしょ」
「はい」
「だから、だめなんです」
「どうして滝に動物を落としていたのですかねえ」
「それは神主から説明があったでしょ。滝の龍へのお供え物だと」
「それは分かっているのですが。その前です」
「それは言わないでしょう」
「そうですねえ」
「滝壺近くの遺物は、その当時のものでしょ」
「はい、時期的に合います。かなり古いです」
「猪を落とす前に、何を落としていたか。何をお供えしていたのか」
「滝の水量が豊かだと、当然下流も豊か。農耕には必要ですからね。だから、日照りにならないように、滝壺の龍にお願いしたのでしょ。ただの儀式ですがね」
「はい」
「しかし」
「もう言わない方がよろしいです。どうせ公表できません。昔は猪に酒を飲ませて、落とした程度で十分でしょ。しかし、それでは私も不満なので、この調査は、ここで終えましょう」
「あの石饅頭は、村の子供でしょうか」
「違うでしょ」
「そうですねえ」
「毎年はきついですからねえ」
「そうなんだ」
「それに石饅頭から推定して、もの凄く古くはありませんよ」
「まあ、無駄に終わった」
「惜しいです」
「じゃ、川魚を酒の桶に入れて滝に流す風流な話として、レポートしますか」
「僕がですか」
「それで、川魚の前は兎で、その前は猪だった。それだけで十分でしょ」
「いや、知った上は、僕も不満です」
「昔は怖いことをする人がいたんだねえ。しかも村ぐるみで」
「いや、下流の村も加わっていますよ」
「そうだね。怖い怖い」
 
   了

 


2017年9月5日

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