小説 川崎サイト



空模様

川崎ゆきお



「天気だけが気になるようじゃ、おしまいだね」
「僕ら若い者も天気は気になりますよ」
「ほうほう、そうなのか。わしが若い頃は、気にならなんだな。雨が降ろうが槍が降ろうが出掛けたものさ」
 槍が降る……が若者にはピンとこない。しかし、そう語る年寄りも何となく使っている。この年寄りの若い頃の聞き覚えだろう。今は槍が降ってくる映像は浮かばない。言葉の語呂として自然に出るのだ。
 若者は槍をイメージした。雨のように空から槍が無数に落ちてくる映像だ。
 その槍は戦国時代のドラマに出てくる足軽の持つ長槍だった。
「どんな槍ですか?」と、年寄りに聞いてみた。
「そうだな……」
 年寄りはどんな槍なのかは忘れていた。初めてこの言葉を聞いた時、確かに槍の映像があった。それを思い出している。
「竹槍のような槍じゃ。雨のように無数に降るんだからな。上等な物じゃない。だから竹の先を尖らせただけの安っぽい竹槍だ」
「槍が降るって、どんなシーンなんでしょう。槍って、投げるんでしたか」
 年寄りの記憶の中には槍を投げる映像はオリンピックの槍投げシーンしか思いつかない。
 しかし若者は未開の土民が槍を投げて争っているお祭り映像を何かで見ていた。
「まあ危険な物がたくさん落ちてくるような状況でも出掛けるってことさ」
「それは分かります。外に出るといろいろと打たれますから」
「それに比べればだ、雨に打たれるなんて、大したことじゃなかったんだよ。だから、天気なんて気にしなかったさ」
「天気が悪い日は気も滅入りますから、テンション落ちるんです。天気のいい日のほうが安全です」
「最近の若者は繊細なんじゃな」
「リスクを考えるんですよ。意外と動物的な初歩の気分が影響するんですよ」
「わしが影響するとすれば、健康かな。天気が悪いと体が重い」
「それは基本ですねえ」
「何がなくても、空模様だけは変化する。それだけを気にして一日過ごすのは、どうかなあ」
「羨ましいですよ。僕も空だけ見て過ごしたいですよ」
「今日は曇りだな」
「中途半端ですね」
「うむ」
 
   了
 
 


          2007年5月3日
 

 

 

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