小説 川崎サイト

 

尺山行きのバス停

 
 三島が毎日通っている道沿いにバス停がいくつかある。幹線道路が走っているので、路線バスが通っており、バス会社は三つ。二つは電鉄会社で、一つは市バス。市バスは市外には出ないが、電鉄バスは結構遠くまで行く。電車がストップしたときなど、そのバスが使われたりするためか、どの駅にもそのバス停がある。
 三島は自転車で移動するため、バスに乗る必要はない。
 だからバスなど気にしないで見ているのだが、見ていることは確かで、バスが走っていることは知っているし、歩道を走っているとき、バス待ちの人がいるので、そこは通りにくくなっている。その程度の認識だが、南北に走る幹線道路の北側へ行くバスの行き先が下田バスターミナルとなっている。そのバスしか走っていないのか、そればかり目に付く。しかし、特に注意して見ているわけではない。
 下田駅は平野部の端にあり、山向こうに拡がる町や村々へ行くときのターミナル駅だろうか。電鉄バスもそこまでで、そこから先は別のバス会社になる。田舎道を走る地方のローカル路線バスだ。
 その日も、何気なくバス停前を自転車で差し掛かると、バスを待っているイタチに似た年寄りが手で制した。止まれと言っているのだ。
「ここは歩道なので、車道を走りなさい」
「あ、はい」
「それはそれとして、尺山行きのバスに乗ってはなりませんぞ」
「このバス停、全部下田行きですよ。そんなシャクサン行きなど見たことありませんよ」
「いや、たまに来るんだ。わしはそれを待っておる」
「でもどうして、それに乗ってはいけないのです」
「それより君、こんな余計な話をしておっていいのかね。さっさと行きなさい」
「止めたのはあなたですよ。そしてわざわざシャクサン行きのバスに乗るなと気になることを言ったのも」
「そうじゃったか」
「そうですよ」
「じゃ、尺山行きのバスに乗ってはならぬことを説明しょうかのう」
「簡単にお願いしますよ」
「話せば長い」
「じゃ、もう行きます」
「もう一度言う。尺山行きのバスが来ても、乗ってはならんぞ」
「行く用事がありませんので大丈夫です」
「そうか、詳しい話はまたの機会にするが、気をつけてな。最後に付け加えておくが、尺山行きのバスが止まるのは、このバス停のみ」
「はいはい」
 下田は、これ以上話していると仕事に遅れるので、急いでバス停から離れた。
 その翌日も、さらにその翌日も注意深くそのバス停前を通ったのだが、あのイタチの姿はもうないし、また尺山行きのバスなど、その後も見ることはなかった。
 イタチも狐狸と同じように人を欺すのだろう。
 
   了


 


2017年9月14日

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