小説 川崎サイト

 

ハンジャ

 
 その山道に入り込めばハンジャに襲われるらしい。バケモノ伝説だが、今もそれを知っている人がいる。迷信だろうが、下手に知っていると、踏み込めない。しかしその山道に入り込む用事は昔から少ないので、特に困ることはない。
 何事にも原因がある。直接なくても、妙なところに縁があったりするものだが、このハンジャ伝説にはしっかりとした物語があり、そして事実起こったことなので、原因がしっかりとある。
 その原因とは一人の侍大将。この時代、人が多く死んでいる。そして物騒な時代だ。古くからある秩序が崩れ、所謂戦国時代に入った頃。この一帯の領主も拡大策をとり、隣国を攻めていた。どの地方にもあるような田舎での小競り合いだ。
 とある侍大将が西木ノ庄へ現れた。馬に乗った武者数人と、家来を二十人ほど引き連れて。
 動員令というのがあり、侍大将は庄屋に兵を集めるよう命じた。これには逆らえないので、庄屋は動員を掛けたが集まりが悪い。兵といってもただの百姓で、祭りで神輿を担ぐ程度の人数しかない。村の消防団程度の人数だ。しかしこの村は複数の村からなる大庄屋なので、五十人は集めた。この時代の百姓は武装していた。
 隣国と戦っているのは村人も知っていたが、この地域には動員は掛かっていなかった。庄屋の力だ。免じてもらっていたのだ。領主といっても庄屋クラスの人達の連合体のようなもの。
 庄屋が不審がり、侍大将に理由を聞くと、作戦らしい。今、正面の本街道から敵の砦を攻めているらしいが、なかなか落ちない。そこで迂回して砦の裏側をら襲おうというもので、この庄が一番近い場所にあるので、殿様の許可を得て、奇襲作戦を始めるとか。しかし来たのは二十人足らず。庄屋頼みの作戦だった。
 確かに作戦としてはいい。砦を落とせば、敵の本拠地からの補給を絶つことになり、一気に攻め込める。成功すれば大手柄だ。
 庄屋はこの侍大将の噂程度は知っているが、あまり芳しくない。侍大将というより、一騎駆けの猪武者だ。本街道から本軍と一緒に砦を攻めればいいのに、いいところを見せたかったのか、あるいは勝算があるとみたのか、それは分からない。
 しかし、敵の砦までは遠くはないが、道らしい道はない。他国との境界線の曖昧な場所なので、人の行き来もない。
 さて、話が長くなったが、そういう話ではなく、バケモノのハンジャだ。
 要するに村から砦へ向かう繁みでハンジャが出るのだが、それを言い訳に、村の足軽達は山道に入ろうとしない。大昔からの言い伝えで、この先へ行ってはならないと説明した。これは嘘だ。そんな伝説は、当時はなかった。その場で作ったのだ。
 そこから先が事実なのかどうかは分からないが、手柄を立てたい侍大将は、強引に部下と共に薄暗い山道に入り込んだ。道らしきものはないので、馬は使えない。
 そして、凄い悲鳴と共に、ズタズタに切り裂かれた侍大将が発見された。その家来衆は真っ先に逃げたらしい。
 侍大将としては、怖がる村の足軽に安心させようと、真っ先に入り込み。大丈夫だから、ついてこいと言いたかったのだろうが、全身キズを負い、果てていた。
 その殆どは刺し傷で、これは村人が槍で突きまくったのだろう。バケモノの仕業ではない。それを隠すため、大庄屋が考えたのがハンジャだった。これはオオサンショウウオの化身とされている。半裂きにしても死なないので、ハンザキとも呼ばれている。
 結局、侍大将がそんな奇襲作戦に出なくても、砦はそのあと落ちている。
 本当の意味でハンジャ伝説が生まれたのは、そのあとからで、化け物の仕業にしたかったのだろう。この伝説は今も残っているのだが、伝説ではなかったのだ。
 
   了


 


2017年9月15日

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