小説 川崎サイト

 

死相

 
 高齢で病気持ちの師匠だが、まだ現役で働いている。その弟子がご機嫌伺いで訪ねた。この弟子は一番弟子だが、既に引退している。師匠との年齢差は親子ほど違う。
 師匠は成功を収め、今も活躍中だが、弟子はとっくの昔に辞めており、この間まで普通の会社員をやっていたが、定年となり、今は遊んで暮らしている。その他の弟子達も似たようなもので、師匠を超えることはできなかったし、またその跡を継ぐにも、辞めているので、何ともならない。
 師匠は弟子に跡を継いでもらいたいとは思っていない。元々弟子を取らない主義で、後身の指導などは好きではない。それよりも横への繋がりを大事にし、そのためか交友範囲は半端ではない。
「師匠、もう辞められては」
「そのつもりなんだがね。次から次へと用事が増えてねえ。用事は用事を呼ぶんだねえ。人と繋がりすぎたんだ」
「仕事が仕事を呼び、人が人を呼ぶんですね。僕なんか全くでした」
「そうだったか」
「師匠から紹介していただいた仕事だけです」
「それは残念だったね。今も忙しいので、君にやって欲しいと思うのだが、それは駄目なようだ」
「どんな仕事でも引き受けますよ。復帰します。また僕も」
「ところが私でないと駄目らしい」
「ああ」
「すまないねえ。君たちに仕事をやれなくて、だから辞めてしまったんだろ」
「はい、師匠ほどの力がありませんから。でも師匠の弟子と言うことで、少しは仕事もありました」
「それはよかったねえ」
「師匠も無理をなさらず、このへんで」
「そう思うんだけどね。色々と付き合いが多いのでねえ」
「引退宣言を出してはいかがですか」
「何度も出したんだけど」
「そうでしたねえ。しかし、皆さんそれを無視して」
「君は今、何ををしている」
「何もしていません。退職金と年金で何とか」
「遊んで暮らしていると」
「贅沢さえ言わなければ、何とかやっていけます」
「で、普段、何をしているの」
「え。普段とは」
「暇でしょ」
「ああ、好きなことをして丸一日過ごしています」
「そうなの」
「あ、お忙しいところ、お邪魔しました」
「いいよ、いいよ。毎日誰かが訪ねて来る。それを楽しみにしているのだけど、体調が悪いときは、しんどいねえ。しかしこうして話していると忘れる。逆に元気になる。これが私の薬だ」
「僕も薬ですか」
「そうだね」
「じゃ、このへんで」
「ああ、気をつけてね」
「はい」
 弟子は、それとなく師匠の顔を見ていたのだが、確実に死相が出ていた。しかし、なかなか死なない。そういえば、弟子に入ったときからこの師匠、死相が出ていたように思う。そういう顔つきのようだ。
 
   了




2017年9月17日

小説 川崎サイト