入らぬの森
その周辺に住む散歩者だけが名付けている森がある。高畠の森。町名から来ているのだが、そんな森は正式には存在しないし、森としての認識は当局にもない。つまり森としては認められていないのだ。しかしどう見てもそれは森だ。
高畠は名の通り、高台にある町だが、その丘陵の端にある。その下はガクンと下がっており、断層が走っていることは誰にでも分かる。
この森、人跡未踏地に近い。人が踏み込むことはなく、誰も入り込まないためだ。昔からそうではなく、広々とした畑だった。場所の関係から水を引くのが難しいため、畑ばかりなので、高畠と呼ばれた。これは下から見たときのことだが、高低差は数メートルしかなく、さっと登り切れるほどだが、崖なので実際には無理。その丘陵を斜めに回り込む小径がある。小径は高畠の森に沿って続いているのだが、登り切っても森には出られない。その手前にもう一つ畑があり、その先はマンションの門。森はそのマンションの横に広がっている。その端は二方が崖。マンションとは別に、オーナーの私邸があり、森は庭のようなもの。
そのオーナーは昔は農家だったが、今はその脇にマンションを建てた。農家は取り壊され、納屋になっている。手前にもう一つある畑のための農機具などが仕舞われているのだろう。
人が立ち入っていない森がすぐに近くあるのだが、そういう目では見ないだろう。今もそこは森ではなく農地なのだ。放置した畑に木の種でも鳥が落としたのか、雑木林と化している。その手入れは誰もしていないようで、まるで密林。しかし自然にできたような森は、手入れは実は必要ではなく、植物同士が適当に縄張り争いで光や根の張り合いをし、勝ったものが残り。生き残った灌木とか、少し距離を置いたところに、大きい目の木が育っている。百年は経過しているだろう。そのため、既に枯れたものもある。
畑時代、その農家のお爺さんが亡くなった。野良仕事中に。老衰死に近いのだが、いつまでも畑に出ていたらしい。その後、この角にある畑は放置された。何があったのかは分からないが、ただの老死ではなかったようだ。
そこを家族は忌み地とした。部屋でいえば、開かずの間にした。忌み嫌うだけの何かがあったのだろう。触れたくないような。そして日常中には入れたくないような。
そのため、家族でさえ、その畑には入らないまま放置されたため、いつに間にか自然に還っていたのだ。
近くの散歩者の中に変わった男がおり、神秘ごとを好んだ。好めば好むほど、その好みに近い世界を作っていくようで、人が入り込まない森を大きく膨らませた。
つまり、こういう条件を作ると、妙な世界ができると。
しかし、森といっても畑だった場所で、それほど広くはない。しかし面積は近くの神社ぐらいはあるだろう。ただ最高樹齢でも百年までなので、神木のような巨木はない。
森の奥に神秘の扉があり、別の世界と繋がっているのだと、その散歩者は考えた。勝手に好きなことを考えただけなのだが、何度も何度もその話を繰り返すうちに耳から口、口から耳へと伝わり、本当らしくなってきた。誰もそれを本当の話だとは思っていないが、噂話としては本物になった。もうそれを言い出した人とは関係なく、物語が独り立ちしたのだ。
しかし、今はマンションオーナーになっているその家の農地であり、また私邸の裏庭のような場所なので、勝手には入れない。
唯一の侵入口は崖だ。その崖の下は公道で、崖と住宅地の間の狭い道だが、崖際に樹木が多く、散歩コースになっている。まるで町中の自然歩道のように。森があるのは、あの家だけではなく、崖沿いが自然林になっているのだ。それらの木々は大木が多い。神木には負けない太さの木が何本もある。
だから、それら巨木の方が目立つため、その端にある畑が百年ほどで森になった程度の茂みは、まだまだ背が低いので、目立たない。そういえば崖の上にもこんもりとした茂みがある程度の認識だ。これは巨木が目隠しの役目を果たしているのだろう。
人が入り込まない森の奥に、別世界への入り口がある。これは、この近辺の散歩者の間では都市伝説のようになっている。場所が町のためだろう。
しかし、百年も経つと、忌み地になっていた畑にも、小さな子供など入り込むだろうし、森になってからも、我が家の裏庭なので、開かずの間のようにはできない。
そのため、誰も入り込んだことのない深い森という条件は満たしていないことになる。
それでも散歩者で、その噂を知っている人は、今も神秘な眼差しで、その茂みを見ているようだ。噂話としては、まだ生きており、当然、その地主の家族も、それを知っている。そのためかどうかは分からないが、自然に任せて、そのまま放置し続けている。
一応農地として登録されているので、森の手前に小さな畑を作っているようだ。
了
2017年9月20日