小説 川崎サイト

 

行くも戻るも同じ道

 
「たまには出かけられたらどうですか」
「毎日、ここまで出かけていますよ」
「毎日でしょ」
「そうです。だから毎日出かけていますよ」
「同じ道を通り、同じ階段を上がり、同じドアを開け、そして私と雑談し、その後トイレへ行き、また同じ道を戻る。しかもいつも同じ時間。これじゃ出かけた意味がないでしょ」
「ありますよ。今日も元気で出かけられたと」
「薄いでしょ」
「髪の毛が」
「いや、効果がです」
「効果」
「少し違うところへ行かれてはどうですか。あまり行ったことのない場所とか」
「はあ」
「そういう変化が欲しいでしょ」
「そうですなあ。たまにはねえ。しかし、出不精で、なかなか」
「じゃ、道を少し変えてみるとか」
「いや、ここへ来るまでの道筋は磨き抜いた完成品です」
「まるで、廊下でも磨くようにですか」
「道筋は実はいろいろとあるのです。長年かけて一番安全で、しかも夏場も日陰があり、景色もまずまずの道順を試した結果、今の道筋ができたのです。開通です。これはもういじれない。いじると悪くなる。これがベストなんです」
「でも、同じ風景ばかりじゃ退屈でしょ」
「天気は日々違いますからねえ。空も違う。雲の形も違う。街路樹の色も違う。さすがに成長の様子までは一日じゃ見学できませんがね」
「私が言いたいのは、そういうことではなく、積極的な働きかけについてなのです」
「それについてですか」
「そうです。何か今日はやったと思えることをやるのがよろしいかと」
「いやいや、道を変える程度で、やったなあとはなりませんよ」
「しかし、変えるという行為、普段はしない行為に出たことで、してやったり感が生まれます」
「生まれますか」
「生まれます。これが大事なんです。所謂積極的な働きかけ、受動ではなく、能動です」
「農道も通りますよ」
「その農道じゃない」
「はい」
「これで日々新鮮な頭になります。まあ、そんな道を変える程度のことじゃなく、普段とは違うことをたまにしてみなさいということですよ。だから、毎日毎日同じ道を通って、ここに来て私と話し、そして、また同じ道を通って戻るようなパターンじゃなくね」
「しかし」
「何ですか」
「そういうあなたも毎日ここにいるじゃないですか」
「まあ、そうだけど」
「それで、戻るときの道は変えていますか」
「いや、それはたとえだよ」
「じゃ、同じ道でしょ」
「まあね」
「そして、ここにばかり来ている。しかも毎日」
「だから、それじゃいけないという話をしているのですよ」
「いいじゃないですか、好きなようにして」
「まあ、そうだがね」
 
   了



2017年9月25日

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