小説 川崎サイト

 

奇妙な町

 
「奇妙な町がありましてねえ」
「あなたが奇妙なのですよ」
「はあ」
 それでは話が続かないのだが、続けたくないのだろう。その奇妙な町について少しは聞きたいところもあったが、竹中は打ち切った。どうせ、この老人の気のせいでそう見える町の話なので、客観性がない。それに、そんな町は、もう町ではないだろう。町として存在できないためだ。
「誰かに聞いて欲しかったのですが、まあ、いいです。別の人に話します」
「じゃ、触りだけでいいのなら」
「はい、私も全部話す体力がありませんから、少しだけ聞いてください」
「じゃ、どうぞ」
「何処から話していいものやら」
「決めていなかったのですか」
「いきなりだと分かりにくいので、どのあたりから話せば分かりやすいかと」
「何処からでも構いません」
「はい。では私がその町を訪れたのは他でもありません。実は何もなかったのです」
「最初から面倒そうな話ですねえ」
「その町があることは知っていました。一度は行ってみたいと。その一度が来たのです」
「かなり手前から離しているようですねえ。町に入ったところからお願いします」
「古い街並みが残るとされている平野部の外れにある町でして。支線のまた支線のような鉄道が走っておりまして。便が悪いのですが、一応電車が走っているので、便といえば便です。一日二本程度のバスに比べればはるかに便がいい。しかし、この町にはバスは来ません」
「早く町へ」
「はい。思い立ったが吉日。何かに押されるように、あるいは誘われるようにして、その駅に降り立ちました。無人駅でしたがね。意外と道路がないのです。これだけでも大変な発見でしょ。だだっ広い田んぼが拡がっておりまして、地平線まで続いているようなね。農家は彼方にありまして、お隣の町と背中合わせ。逆に町並みのある駅前が山沿いにあるのです。だから田んぼの端にポツンとある町なんです。農村じゃありません。町です」
「はあ」
「要するに鉄道でしか辿り着けない町なんです」
「そこで破綻してますよ」
「え、何がですか」
「町の人の車はどうなるのです。町から車で出られないじゃありませんか」
「そうなんです。だから奇妙な町なのですよ」
「もうそこまで聞けば充分です」
「私は駅に降りたとき、それで納得し、すぐに帰りました。無人駅ですからね。改札がないので、電車から降りるとき、運転手に切符を渡すだけ。乗るときは……」
「そんな話より、あなたはその奇妙な町は何だと思います」
「はい、それが核心です」
「で、何だと」
「きっと私は存在しない駅で降りたのです」
「まあ、あなたがそう言いはるのなら、そうでしょ」
「話はこれだけです」
「意外と簡単でしたねえ」
「はい。途中で話すのが面倒になってきたもので。それにあなたの聞き方が悪いので、乗りが悪くて悪くて」
 
   了

 


2017年9月28日

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