小説 川崎サイト

 

長老の果て

 
 その道の達人が一家をなし、そして流派をなし、それを後輩が引き継いでいく。しかし、流派の勢いがなくなることがある。これは時代の影響だろう。その全盛時代の達人の一人が生き残っている。既に引退しているが、最長老だろう。
 しかし、この達人、当時それほど目立った存在ではなく、数いた達人、これは兄弟衆のようなものだが、弟に当たる人が流派総代を継ぎ、今はその弟子が継いでおり、この流派の頭となっている。
 宮田はその最長老を訪ねた。既に普通の老人になってしまったが、その眼孔は未だに鋭い。何度か訪ねるうちに、近くの大衆酒場で話すことが多くなった。払いは当然長老。しかし大した金額ではない。安い店のためだろう。
 訪ねて来る人などいなく、またその業界の人も避けている。
 宮田は一寸したイベント屋だが、人脈を増やすため、この長老に目を付けた。
 その長老は全盛期、門人に辛く当たった。一番厳しい師匠筋ということだが、自分の一門だけではなく、他の一門の後輩に対しても意見は辛辣、手厳しく、褒めたことが一度もない。しかし、その教えは的を得ており、よき師匠なのだが、その後、この人を慕う人はない。我が一門の弟子さえ別の一家を構え、挨拶にさえ来ない。いやなのだ。この師匠の言い方が。
 鉤鼻で、話すとき、その鈎でえぐられるようにきついことを言い、その口は意外と小さいが、尖っており、傷口をその口でくどく突き刺す。これは神経に来る。頭に来ないで。
 つまり、叱られたときのダメージが一生尾を引いているようで、懐いたり慕ったりできる雰囲気ではなかったのだろう。それで、最長老になってからも、誰も相手にしなくなった。長老は数多くいるが、最長老はいないことになっている。
 その長老、酒場で宮田と話すときは機嫌がいい。普段から人と話すことなどないためだろうか。弟子や家族からも見放されたような人で、孤高の人なのだが、これは悪い性格からきている。人柄に問題があるのだ。
 ただ、宮田には愛想がいい。それは全盛時代の話を全部聞いてくれるからだ。宮田の聞き方が上手いのはプロのため。この宮田の聞き方の上手さに長老は気付いていない。あの鋭い眼光も、敢えて光らせない。宮田が得意とする聞き方は、相手の自己愛を引っ張り出すことで、これは見え据えた手だ。しかしその言い方がいやらしくない。長老は猫のように簡単に喉をゴロゴロ鳴らしっ放しにしている。それを看破するだけの力がなくなっているのだろう。
 今、現役で活躍しているこの流派の第一人者たちに対する物言いはきついものが残っているが、自分の息子や孫の世代なので、そんなものだろう。
 相変わらず人を認めようとしないところは昔と同じだが、そのため、誰も寄り付かなくなったことには触れない。当時は言うべきことを言っただけなのだが、問題はその物言いだ。これが後輩たちの神経を傷つけすぎた。
 宮田は話を聞くうちに、これはやはりまずいだろうと思い出した。この人と関係があるというだけで、不利になるような。
 しかし、その夜の酒場でも長老は機嫌がよく、宮田にも親切だ。あのいやなことを言う人ではなくなっている。
 何かのとき、この長老を引っ張り出せば、押さえになるかもしれないが、隠し球としての威力は昔ほどにはないようだ。
 意外とこの長老と気が合うのは、宮田も似たような性格のためかもしれない。そしてこの長老が全盛期のときと同じ様なことを宮田もやっていることに気付いた。
 その後、宮田は自分の仕事も上手く行かないようになる。原因はあの長老と同じ。それからは、もうあの酒場へ行くこともなくなった。未来の自分を見ているようで、見たくなかったのだろう。
 
   了

 


2017年9月29日

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