小説 川崎サイト



土手の下

川崎ゆきお



 大きな河川が流れている。それが目立たなくなったのは周囲に団地やマンションが建ったためだ。
 小林の少年時代には家から土手が見えた。正確には土手の松並木だ。夜などは鉄橋を渡る電車の音まで聞こえていた。
 小林は何十年かぶりで土手へ向かう道を自転車で行く。
 家から土手までは農道が網の目のように続いていた。畦道ほどに細くなると行き止まりだが、それはよく見えているので入り込まない。
 そんな農道はもう消えている。
 土手までは村落を三つか四つ通過する。いずれの村にも鎮守の森があり、巨木が聳えている。それを目印に進めばよいのだが、もうその高さはなくなり、建物の中に埋まっている。
 それでも方角を見失わないのは、前方に山があるからだ。その山の麓までは電車でないと行けない。
 小林は村道の跡を辿りながら土手に近付いた。まだそこは村の面影があり、以前に通った土手へ出る抜け道も残っていた。
 その手前に巨木が聳える広場がある。氏神様ではない。鳥居もない。この村の鎮守の森は別にあり、ここは祠が並んでいるだけの広場だ。
 公園とは違う。遊具もベンチもない。
 だが椅子がある。そこに座っている老人が小林を見ている。かなりの年寄りで、まるで村の長老の雰囲気だが、地元球団の野球帽を被っている。
 小林が子供時代に来た時は、今の小林と同じような年齢だったのかもしれない。年寄りは昔から年寄りではなく、代かわりを繰り返しいるのだろう。
 老人は目の玉だけを動かして、小林の通過を見守る。体を動かすのが大層なのかもしれない。
 祠の中は遠くからでも見える。複数の石仏が並んでいる。長屋のような祠だ。
 何百年も前からの歴史遺産だろう。
 村の面影はほとんど消えてしまったが、土手へ向かう小道は昔のままだ。
 小林の目的地は大きな河川ではなく、土手の手前の小川だ。
 そこで魚を網ですくったことがある。フナやモロコがうじゃうじゃいたのだ。持ち帰って遊び友達に見せびらかした。
 小林はその小川に沿って進む。鉄柵ができており、もう川に入ることは難しい。
 さらに進むと河川からの取り込み洞がある。昔は水争いがあったのだろう。石碑が建っている。取り組み洞は土手の下をくりぬいていた。
 小林は土手に上がり、村を見下ろした。
 当然のことながら、もう水争いをするような田畑は確認できない。
 
   了
 
 


          2007年5月5日
 

 

 

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