小説 川崎サイト

 

てこい人

 
「今日は雨ですなあ」
「雨には負け」
「はい」
「風にも負け、夏の暑さにも負け、冬の寒さにも負け、です」
「負けっぱなしですなあ」
「しかし、どっこい生きている。逆にその方が生きやすかったりしますぞ」
「でも雨には勝てないでしょ」
「そうです。人の力では何ともなりません。風もです。暑さもです」
「でもそれに耐えてでもやるべき事があるのでしょ」
「ありますか? あなた」
「一寸やりたいことがあっても雨が降っていると、やめます。だからそれほど大事なことじゃないのでしょうねえ」
「やりたいことがですか」
「そうです」
「それであなたがやりたい事とは」
「色々ありますよ。やりたい事はね。上の鰻重を食べてみたいとか」
「ほう」
「興味のある本がありましてねえ。あることに関して、その本が一番詳しい。だからそれも読んでみたい。やることなんて際限なくありますよ」
「もっと規模の大きなことでありませんか」
「大きな規模じゃ無理でしょ」
「じゃ、あなたは何がやりたい人ですか」
「一つや二つじゃないですよ。さっきも言ったように色々と食べたい物もあるし、行きたい所もある」
「そういうことではなく」
「雨にも負けず、風にも負けずにやるようなことですか」
「そうです」
「探してみます」
「じゃ、ないんだ」
「いや、ありますよ。今日中に入金しないと催促がうるさいときなんて、大雨でも銀行へ行きますよ。まあコンビニもありますから、楽になりましたがね。それとか約束をしていたときでしょ。大事な用件で合う場合です。これは雨でも大風でも電車が動いていれば行きますよ」
「じゃ、雨に勝っていることもあるのですね」
「勝ってはいませんよ。雨でも行くという程度ですよ」
「そうですか」
「それって、誰でもやってるでしょ。特に言わなくても」
「あなたには負けます」
「何か疑問でも」
「そんなことで言い争っても仕方がないのでね」
「雨に負ける意気地のなさ、これで何度助かったことか」
「ほう」
「無理をしない。これも大事でしょ」
「無理を押してでもやるところに良さがあるのです」
「だから、大事な用件なら無理を押してでも出掛けますよ」
「そうですねえ」
「でしょ」
「そこんところじゃなく、色々なことに負けないで、しっかりとやるべきことをやるということです」
「だからやっているじゃないですか」
「そうじゃなく、態度の問題でして。スタンス、姿勢の問題でして」
「まあ、色々なことがありますからねえ、いつもしっかりとした姿勢では疲れますよ」
「いるでしょ、そういう人」
「負けん気の強い人ですか」
「そうじゃなく、もっと真摯な」
「来ましたねえ。真摯が」
「真摯が何か」
「この言葉に私、弱い。だから憧れます」
「そうでしょ」
「一瞬、そんな状態になることがありますねえ。真剣なとき。しかし、そんな状態にならないようにしていますよ。真剣勝負は怖いですから」
「じゃ、ただの怖がりですか」
「そうです」
「分かりました。これからも雨にも負けず、頑張ってください」
「いやいや、だから先ほどから言ってるでしょ。雨にも負け、風にも負け、そしてできるだけ頑張らなくても良いようなことをすると」
「てこい人だ」
 てこい人とは手強い人に近いが、テコでも動かないような人のこと。手こずることを略して、てこい人。
 
   了




2017年10月5日

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