小説 川崎サイト

 

心を込める

 
 志村は目覚めたとき、今日はいいことがあるのか、それとも悪いことが待っている日なのかを先ず考える。これは思い出さないとすぐには出てこない。目が開いただけの状態なので、真っ先に頭に来るのは「もう朝か」とか「ああ、目が覚めた」とか「よく眠ったなあ」程度のためだろう。
 しかし、気になることはすぐに出て来る。今日は何をする日だとかのスケジュール的なものだ。これはスケジュール帳を見なくても覚えている。たまに忘れているのもあるが。
 たとえばゴミ出しの日を忘れていたりする。それほど重要なことではないためだ。ゴミはものにより、出す日が違うし、特別な週があり、そのときにしか出せないものもある。それが第二木曜とかだと、こんなものは忘れてしまう。その日が木曜だとは分かっていても、それが第二木曜か第三木曜なのかまでは分からない。まだ月初めの木曜だと思っていると、月の最初の日が木曜だと、第二木曜はすぐに来てしまう。
 志村は目覚めたとき、すぐに思い出すのはゴミの日ではない。それほど暇ではない。
 嫌なことをしないといけない日は布団から出たくない。といって楽しいことがある日ならさっと起きるわけではない。楽しいことがその日あるとしても、本当に楽しめるかどうかの保証はないし、楽しむのもそれなりに疲れる。そのため、嫌なことも楽しいことも思い当たらない日の方がいいようだ。
 当然予定外の嫌なこと、楽しいことも起こる。実はそちらの方が急に来る。ただ、予測できないため、考えなくてもいい。
 それで、今朝はどうかというと、すんなりと起きた。何も考えないで、何も思わないで、ただ単に起きた。心に何もないのだ。
 スケジュールを思い出すと、結構面倒な用事が多くある。本来なら嫌な日なのだが、嫌がっていない。「これは何か」と志村は逆に心配になった。何かの覚悟でも決めたのか、開き直ったのか、それは分からない。
 しかし、よく考えると、これは心を閉ざしているのだ。非常に静かな状態なのだが、これは心のボリュームを下げているのだろう。心が波立たないように。それは嫌なことを多くしないといけない日なので、起きたときからそのモードに自動的に入ったのかもしれない。
 その日は面倒な用事で多数の人達と会った。志村はできるだけ心というものを使わず、それを抑え込み、無機的に振る舞った。
 しかし、結果は出たようだ。悪い結果ではない。
 相手側は感動したらしい。志村の態度に。
 そして「非常に心のこもった対応に感動しました」とメールが来ていた。
 これは皮肉のメールではない。しかし、志村にとり、皮肉な話だ。心を込めて対応しなかった方がよかったことになる。
 今まで心を込めすぎ、過剰な演技をしていたため、それが嘘臭かったのだろう。
 
   了

 

 


2017年10月13日

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