小説 川崎サイト

 

曲者達

 
「最近如何お過ごしですか」
 さる業界で活躍した人で、やり手と言われていたが、今は引退し、静かに暮らしている。
「手詰まりですかな」
「はあ?」
「打つ手がないので、相談に来られたのでしょ」
「はい、実はそうです」
「そんなことでもない限り、訪ね来る人などおりませんからな。何せ嫌われ者だったのでね」
「いえいえ」
「自分には力は何もないのに虎の威を借りまくりましたよ。返さないといけないのですがね」
「いえいえ」
「小さくても背景を見なさい」
「あ、はい」
「相手は小さい。そうではありませんか」
「ご存じでしたか」
「風の噂で聞きました」
「その小さな相手を攻略しようと思うのですが」
「だから背景を見ましたか」
「え、何の背景ですか」
「その小さな相手の後ろに大きな相手が控えています」
「そうですか」
「それは私の勘です。だから誰もその小さな相手に手を出さないでしょ。大きな相手と戦うことになるからです」
「その裏付けはありません」
「じゃ、おやりなさい」
「しかし、少し心配で」
「その小さな相手の中に、村岡という男がいるはず。それが曲者です」
「村岡氏をご存じで」
「彼が大きな相手と関係しているはず。そしてこの村岡、元はその大きな相手の人間なのですよ。大きな裏付けでしょ」
「しかし、その関係はまったく見えません」
「一度引っかけてみればいいのです。どう出るか」
「やりました」
「どうでした」
「大きな相手は出て来ませんでした」
「助けに来るはずなのですがね」
「来ませんでした」
「じゃ、村岡は何をしておったのだ」
「分かりません」
「じゃ、安心して、攻めればよろしい。何も私に聞きに来なくても」
「一寸引っかけただけで、本気だとは思っていなかったのかもしれません」
「その可能性はありますなあ。村岡はやり手だ。その手には乗ってこなかったのでしょ」
「じゃ、本気で攻めると村岡氏も動き、大きな相手が乗り出すと」
「おそらく」
「あの村岡は曲者、私よりも老獪です。彼がいるから誰も手を出さないのですよ。私も現役時代何度も煮え湯を飲まされました」
「村岡氏と渡り合えるのは先生だけと思いまして」
「私は既に引退の身。もう何も影響力はありませんよ」
「では、せめて、よきアドバイスを」
「素直に、スーと攻めればよろしい」
「でも村岡氏が」
「私もよく使った手です」
「えっ」
「背景、後ろに怖いものが控えているぞ、って、いう手だよ」
「分かりました」
「ただ」
「何ですか」
「こちらも大きな後ろ盾がいるぞと、思わせれば、何もしなくても勝ちますよ」
「しかし、それで失敗し、引退されたのでしょ」
「ああ、そうだったね。言わなければよかった」
「分かりました。力はこちらの方が大きいです。攻め落とすのは簡単です」
「簡単すぎて怖いわけでしょ」
「はい」
「妙なことを想像しないで、さっとやってしまうことですなあ」
「そうですね」
「まだ、村岡氏が怖いですか」
「いえ」
「その分じゃ、まだ手を出す決心が完全についていない様子だね」
「はい、仰るとおり」
「私が村岡と通じていると思っているのでしょ」
「いえ、そんなことは」
「それで私にカマをかけにきた」
「そんなことはありません」
「私に相談するということは有り得ないのですよ。一番信用のおけぬ存在ですからね。村岡のことを探りに来たのでしょ」
「いえ」
「私なら村岡を押さえ込むことができます」
「本当ですか」
「私はもう引退した身、それなりのものを頂ければね」
「既に用意して参りました」
「最初から、そう言えばいいのに」
「あ、はい」
 
   了

 

 

 


2017年10月17日

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