小説 川崎サイト

 

夜風

 
「少し夜風に当たってくる」
「どうぞ」
 大下は煮詰まったので、外に出た。外気を吸いたかったからだ。秋も深まり少し肌寒いのだが、むっとしていた場所から出たため、快かった。
 外に出ると風がある。無風状態の夜もあるが、歩いていると風を受けるのか、風がなくても違う空気が流れてくるように感じられる。風には色はない。匂いや音を運ぶかもしれないが。
 風聞。それが会議で話題になっていた。ただの噂だ。事実でなくても、それが流れているだけでも問題になることがある。先ほどまでの会議は、その対応策のため。
 根も葉もない噂なので、本当のことではないということをどう伝えるべきかで話し合われたのだが、大下は相手にしなければいいと言い切った。弁解がましいことや、説明をすればするほど火のないところに火を付けることになる。
 ただの噂なのだ。デマのようなもので、相手にしない方がいい。後ろめたいものがなければ。
 しかし、上の方は何とかしたいらしい。下の方では分からないが、上の方では思い当たるところがあるのかもしれない。
 大下は下なので、事情は分からないが、なくもないとは思っている。噂ではなく、事実かも知れないと。
 だからこそ、相手にしないことが正しいと力説したのだが、それでは会議を開いた意味がなく、その会議はその対応のためなので、対応策が何もしないでいいではだめらしい。
 やはり後ろめたいことがあるのだろう。対応しないといけないような。
「やはり噂は本当だったのか」
 大下の後ろから同僚が声をかける。もう人通りが少なくなったビジネス街の歩道。このあたりには店はなく、夜はゴーストタウンのようになる。
「知らないよ」
「大下さんの勘ではどうなんです」
「こんなもの勘で判断できないでしょ」
「じゃ、直感」
「似たようなものさ」
「僕は噂通りだと思う」
「どうして」
「だって、あんな会議なんてしないもの」
 それは大下も同じ意見だ。
「慌てている様子が見えるよ」
「本当のことが噂になったからかい」
「そうそう」
「それはみんな分かっているのかもしれないなあ」
「そうだろ。薄々どころか、分かっているんだ」
「あんな会議をするからバレるんだよ」
「そうだね」
 二人の後をゾロゾロと会議のメンバーが付いてくる。全員夜風に当たりに出たのだろうか。
「大下君、全員大下君と同じ意見らしいぜ」
 つまり、会議をすると余計に本当のように思われるということだろうか。それとも別の意味か。
 夜風に当たる会議のメンバーがたむろしている。もう終電間近い。
 夜の静かなときほど人目に立つもので、それを見ていた関係者がいる。
 これがまた噂になり、風紋が拡がった。
 
   了



2017年10月20日

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