小説 川崎サイト

 

台風の目

 
 台風が近付いているのか、そこそこ強い雨が降り続いている。金本は行きつけの商業施設へと入る。建物ではなく、その手前にある駐輪場へ。その手前にバイク置き場があるのだが、殆ど止まっていない。雨ならそんなものだろう。そして車の駐車場用の道路を渡る。これは当然施設内なので、ただの通路。信号などはない。そのため誘導員が立っている。ただこれは土日祭日に限られる。その日は日曜日。しかし、平日よりも渡る人は少ない。
 そして自転車駐輪場へ入ると、がら空き。雨で人が来ないのは分かっている。だから止めやすい。建物近くに一寸した屋根というか出っ張りがあり、その下なら濡れない。ここは特等席だ。いつもは止められない場所。雨の日でもその下だけは自転車が詰まっている。しかし、台風で強い目の雨だと、そこもスカスカ。
 そして建物内に入ると、表とは違い人が多い。バーゲンはしていないはず。それは毎日ここに来ている金本だから分かること。しかし、この施設、雨の日のバーゲンというのがある。それも知っているが、それほど人は来ない。
 ではこの客の多さは何だろう。日曜日は確かに客が多い。だから見慣れた日曜日の風景だが、雨という変数が入っている。駐輪場を見れば分かることだ。客は少ないはず。
 そしていつもの喫茶店に入ると満席近い。子供がふざけて走り回っているのだが、そそのかしているのはお爺さんのようだ。一番動きが激しいのは孫と遊んでいるお爺さん。はしゃぎすぎて転倒した。
 何だろう、この騒ぎはと思いながら、金本は隅の席に座る。満席近いので、そこしか座る場所がない。かなり広い喫茶店で、雨の日はがら空きで客がまったくいないこともある。雨よりも日曜日が勝っているのだろうか。しかし、日曜日でもこれほど客が多い日は滅多にない。
 何処かで何かの変化があったのかもしれない。そういえば今日は選挙の投票日だ。ここへ来るとき学校の前に車が止まっていた。葬式でもあったかのように。
 そこからだけの推測では、車で投票に来たまま商業施設まで来たのではないか。投票所は歩いてでも行ける距離にあるはず。しかし雨なので車で来る人が多い。僅かな距離だ。せっかく車を出したのだから、そのまま出掛けたのだろう。しかし台風が近いので遠くへは行けない。雨の日でも過ごせる近場といえば商業施設になる。投票を終えた人が全員そんな行動をとるわけではないが、その流れもあるのだろう。
 雨の日の商業施設は確かに客は少ないが、土日などは逆に多くなるのかもしれない。
 また最近晴れた日がない。出掛けたくても、雨ばかり。遊びに行けない。そして今日もまた雨。その出掛けたがっている人が溜まりに溜まり、雨でも何とかなる商業施設へと偶然押し掛けたのか。
 結局は買い物や外食に来たようなものだが、それなりに華やかな場所で、雨でもハレの場に近い。だから出掛けた気に少しはなる。
 金本は勝手な推測をし、それで謎が解けたと独り合点した。自分なりに納得したのだ。そして端の席なので、通路がよく見える。そこをまたお爺さんが走っている。先ほどの人ではない。そして後ろから孫が追いかけている。
 さらにもう一人、真っ白な頭のお爺さんが全力疾走で駆けていく。
「やはり何か起こっているのだ」
 雨が続いているので散歩に出られず、イライラが溜まりに溜まり、ここで暴れているのだろうか。しかし、それはない。そんなはずはない。
 金本は喫茶店を出て、施設のメイン広場へ行くと異変があるのが分かった。大勢の年寄りが走っているのだ。ここでランニングをしているわけではない。その走り方が早すぎる。これではすぐに息が切れるだろう。その証拠に、あちらこちらで、ペタンと俯せに倒れている人が何人かいる。
 メイン広場は円形で、その円が駒のように回っている。床が回転しているのではなく、人がぐるぐる回っているのだ。
 金本は、その気はないのだが、足が動き出し、その円形の中に吸い込まれるように入っていった。冷静で客観的な判断はここまでで、何かに感染したのではと感じたのが最後だった。その後は覚えていない。
 
   了



2017年10月25日

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