小説 川崎サイト

 

秋に思う春

 
「春がねえ」
「まだ秋ですよ」
「春がねえ。恋しい」
「秋は秋を楽しまなくては」
「秋は苦手でねえ」
「寒くなっていくからでしょ」
「そうそう。春と秋の違いはそれだ。気温的には同じでもね。暖かくなっていく春と、寒くなっていく秋とでは」
「そういうのを何十年も繰り返しやっているわけですから、もう慣れているはずですよ」
「そうなんだが、春がいい」
「こればかりは都合がつきませんからね。大金を叩いても、政治を変えても」
「そうだね。しかし、春になってくると飛んでくる小鳥がいてねえ。鶯か目白かは忘れたが、陽の当たった小枝に止まっていた。狙いは花なんだから、枝に止まっている奴は滅多にいないんだよ。奴らは始終動いている。無駄な動きをしないでね」
「この季節。モズとかいるでしょ」
「あの鳴き声は縁起が悪い。地獄からの使いだよ」
「まっ、どちらにしても秋に春を望むのは、叶わぬ望みですよ。常春の国にでも行けば叶いますがね」
「一寸望んだだけで、そこまでしてまで行くほどのことではない」
「そうでしょ。その程度のものです。最初から無理なので、そんなことを思う人もいないでしょ」
「そうだね」
「それに、まだ冬も来ていませんよ。真冬に春の訪れを語るのなら、流れとしてはいい感じです。自然です。真冬の底はもう春の始まりで、春の気配が、少しは感じられますよ。お隣の季節ですからね。それに冬の底なので、そこから徐々に暖かくなっていくわけですから」
「秋に春を待つのは早すぎでしょうか」
「はい」
「じゃ、秋に夏を待つのは、もっとですね」
「もっと早いです。この前まで夏だったのですから。もう飽きたでしょ。暑いのは」
「そうですなあ。暑くなりきるとだめですねえ」
「冬が近いのですから、春のことよりも、冬支度を考えても良い時期ですよ。もう晩秋ですからね。寒くなってきています」
「春よりも先に冬か」
「そうです。順番があります。飛び越えてはいけません」
「世の中には動かせないものがあるんだ」
「太陽が東から昇らないようにね」
「太陽は東から昇りますよ」
「ああ、間違えていました。西から昇らないようにね」
「ああ、びっくりした」
 
   了

 


2017年10月28日

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