小説 川崎サイト



裏エビス

川崎ゆきお



 いかがわしさで定評のある裏エビス商事はビジネス街の裏にあった。
 誰が見ても裏の世界だと思わせるところにある。
 社名は何をつけてもかまわない。アルファベットを並べただけでもいいのだ。真当で近代的なイメージを与えることができる。それをわざわざ裏エビスとする必要はない。
 社屋は民家で、昔の長屋だった。ビジネス街とはいえ、少し裏に入れば、逆に古い町並みが残っている。
 場所も悪い。如何にも過ぎるのだ。
 だが、巧妙な騙し方ではないところに、ある意味真摯なものを感じる人もいる。騙そうと思えばいくらでも手があるはずなのに、裏エビス商事は真当勝負を選んでいる。
 扱っている商品は自然食品や健康食品だ。もうこれだけでピンとくるはずだ。
 その長屋に坂上が訪れた。
 坂上はネットショップのオーナーで、健康食品や健康器具を売っていた。
 しかし、仕入れ先は似たり寄ったりで、別の卸し元を探していた。
 裏エビス商事を見つけたのはネット上の小さな広告だった。非常に目立たないポータルサイトに、非常に小さなバナー広告を出していた。
 全てがいかがわしかった。坂上自身がいかがわしい人間で、騙すことしか考えていない。騙すことに関してはかなりの知恵を持っていた。その坂上の流儀からいくと、裏エビス商事のやり方は不気味だ。
 坂上がチャイムを鳴らすと、すぐに玄関の硝子戸が開いた。初夏の暑い日だ。出て来た老人はステテコをはいていた。その上にジャケットを羽織っている。少ない髪の毛を長く延ばし、後ろで括っている。目玉は真ん丸なのだが非常に小さい。
 老人は坂上をホームゴタツへ招いた。どう見ても個人の居間だ。
「これはどういう手口ですか」
「手口?」
「このやり方ですよ」
「別に普通でっせ」
「僕もいろいろな商法を見てきましたが、あなたはやり過ぎだ」
「仕入れに来られたんやおまへんのか?」
「それ以前に、この手口が理解できん。いかがわしさを過剰に演出している。この業界では、最も避けている方向の反対側を突っ走ってる。これなら、誰も騙せないでしょ」
「商談は?」
「見学にきただけだ」
「裏で手に入れた漢方があるんやけど、どうや。偽物やけどな」
「どうして、そんなことをあからさまに言えるんだ。もっと芸が必要だろう」
「買いまへんか?」
「買う」
 
   了
 
 



          2007年5月9日
 

 

 

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