小説 川崎サイト

 

温石

 
 妖怪博士が住む路地裏は妙な人がたまに通る。その近くに住んでいる人以外は入り込まないのだが、何らかの磁場ができているのだろうか。妖怪博士がここに棲み着いたのもそのためかもしれない。
 ある日、妖怪博士が昼寝をしていると、妙な人がやってきた。妙な石を拾ったらしい。これは妖怪と関係するのではないかと思ったようだ。そこに妖怪博士が住んでいることを、この人は知っている。しかし妖怪博士は彼を知らない。近所の人なら顔ぐらいは知っている。だからこの路地裏に入り込んだ人だ。この人もそんな磁場に引き寄せられたのかもしれない。通りすがりの人が妖怪博士宅を知っていることも不思議だが、同類は同類を知るものだ。
 男が拾った石は暖かい。だから妖怪の卵ではないかと言い出した。しかし卵は親が温めないと冷たいはず。だから熱を持っている石となる。
 妖怪博士はその石を手にする。意外と軽いが卵のようには丸くなく、平べったい。しかしすぐに正体が分かったようだ。
「何でしょう」
「オンジャク」
「え」
「温かい石と書いて、温石」
「何でしょう」
「懐石料理ではないが、腹を温めるもの」
「懐炉ですか」
「あれは火が付いておる。燃えておる。そうではなく、軽石を温めたものじゃ」
「そんなものがどうして落ちていたのですか」
「落としたのじゃ」
「はあ」
「今どき温石を持ち歩く人がいるとは信じられん。軽石なので、軽いので持ち運びやすいがな」
「誰でしょう」
「そこじゃ」
「はい」
「問題は温石ではなく、それを落とした者。こちらの方が怪しいとは思わぬか」
「その持ち主が妖怪だと」
「寒がりの妖怪かもしれん」
 妖怪博士はその石けんほどの温かい軽い石をじっと見続けている。
「何か見えますか」
「石じゃ」
「石ですからね」
「これはただの軽石じゃが足の裏を擦るときの軽石とは形が違う。まるでちびた石鹸じゃ」
「やはり、これを落とした人が妖怪ですか」
「いや、怪しい人物には違いはないが、試したのかもしれんなあ。昔の人の防寒方法を」
「懐炉を買えば早いのに」
「そうじゃな。今は火を使う必要がない」
「そうです。揉めば熱くなってきます。あれを懐に入れれば済むことですよ。わざわざ軽石を温めなくても」
「きっと妙な人なので、試してみたのだろう」
「はい。しかし道端で温かい石を拾ったときは驚きました」
 妖怪博士はその石を男に返す。男はそれをポケットに入れ、立ち去った。
 石は拾ったものではないのだろう。その男、妖怪博士の実力を試すため、持ち込んだものだと思われる。
 しかし、妖怪博士は昼寝から起きたところなので、あまり良い解釈はできなかったようだ。
 
   了




2017年11月12日

小説 川崎サイト