小説 川崎サイト

 

不思議な会社

 
「おや、しんどそうですが大丈夫ですかな」
「分かりますか。一寸熱があって」
「それはいけない」
「昨夜雨に遭いましてねえ。帰るときです。傘を忘れていたもので、濡れました」
「私は用意していましたから濡れませんでした。大きい目の高い傘です。ビニール傘より大きい。少し重いですがね」
「はい」
「傘よりも、それは風邪が入ったのでしょ。今日は早い目に帰られては」
「微熱です。少しだるいだけです」
「そうですか、熱が出てフラフラなら、来られませんからねえ」
「そうです。よくあることですよ」
「しかし、しんどそうですよ」
「確かにしんどいことはしんどい」
「そうでしょ。やはり大事をとって」
「いや、仕事が残ってますから」
「私がやっときますよ。大した量じゃない」
「そうですか」
「お互い様です。私が三日ほど寝込んでいたとき、私の分までやって貰いましたから」
「いえいえ、それほど大した量じゃないので」
「そうなんです。ここの仕事、一人でできることを四人か五人でやっているようなものです。ですから午前中の半分で上がってしまえる仕事です」
「そうですねえ。そう考えると、おかしいことはおかしいですが、給料は世間並みに出てますし」
「私が社長なら、人件費の無駄遣いです」
「でもゆっくりやれば一日かかりますよ」
「それは秘密です。言っちゃだめですよ。誰もそれには触れない」
「はい、その申し合わせ、守っています」
「上に聞かれるとまずいですからねえ」
「上は気付いていないのですか」
「ここの係長は気付いていますよ。その上の課長も」
「じゃ、部長は」
「曖昧です。知っているかもしれませんが、経営に触れると社長の機嫌が悪くなりますからね」
「専務は」
「当然知っているでしょ。だって専務が二十人もいるのですよ。どんな大企業なんだ」
「そうですね。ただの町工場ですから」
「何か妙なことで使われるのではないかと、心配しています」
「妙なこととは」
「何かに動員されるのではないかと。そのためのストックです。社員が多いのは」
「そんな前例、ありましたか」
「先輩に聞いても、それはありませんでしたが」
「じゃ、きっと儲けすぎているのでしょ」
「そのようには見えませんが」
「まあ、そういうことですから、早退しても誰も文句は言いませんよ」
「そうですねえ。じゃ、大事をとって、帰ります」
「うん、そうしなさい」
「ついでに」
「なんですか」
「二三日休まれても良いですよ」
「はいはい」
「しかし、待遇がよすぎて、逆に怖いです」
「そうでしょ。それに気付いた人が辞めていきます」
「僕もおかしいと思い、辞めようかと思ったことがありました」
「大丈夫ですよ。何も起こりません。しかし、一寸不気味ですがね」
「はい」
「じゃ、お大事に」
「はい」
 
   了




2017年11月13日

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