ホラー小説
上島は昼食後散歩に出たついでに決まって入る喫茶店がある。結構広いファスト系で、最初に入ったときは見知らぬ人ばかりだが、数年通うと常連客の顔を覚えてしまう。しかし、ここはターミナルに近いのか、風通しがよく、見知らぬ人も結構いる。今まで見たことのない人の比率は半々だろうか。ただ、客が少ない日は常連客ばかりのときもある。雨の日とかだ。
それで見慣れてしまっているので、もう客など見ないで、買ったばかりのタブレットを覗いていた。主な使用アプリは電子書籍や、動画。ただの娯楽のひとときで、休憩に入っただけ。散歩そのものも休憩だが、散歩では目の前の現実しかなく、フィクションがない。それで喫茶店で休憩するときに、現実では有り得ないようなフィクションを楽しむ。これも散歩のようなものだ。散歩では見られないようなものに接することができる。
今日の客層は平均的なもので、常連客が六人と、一見さんが六人。それぞれテーブルを離して座っている。つまりある間隔を取っている。広い店なので、それができる。
タブレットで至近距離を見ていると、目が疲れるので、たまに遠くを見る。その視線の先に偶然一見さんがいたのだが、上島は手にしたタブレットをガタンとテーブルの上に落としそうになった。数センチなどで落下というほどではないが、気を取られるような人がいたのだ。
しかし、思い出せない。また見た覚えがあるのかないのかも曖昧で、知っているようで知らない。上島と同年代で少し年がいっている。これは昔の知り合いかもしれないと思い、旧友を色々と思い出した。またよく見かけていた近所の人かもしれないが、家とこことは結構離れているので、近所の人は見たことがない。
しかし、タブレットから手が離れるほどの衝撃があったのだから、余程の人だ。合ってはいけない人とか。
その客は文庫本を開いて読んでいる。距離は遠い。顔は正面。相手は上島が見ていることに気付いていない。本を読んでいるので、そんなもの。
しかし、たまに目玉が動く、姿勢も変わる。そんなとき、視線が合いそうになるので、上島はチラリチラリと観察した。
あの衝撃の意味は、余程大事なことで、とてつもない人に出くわしたほどのショック。それにふさわしい人物を探さないといけない。下手をすると、合うともの凄く都合が悪い相手かもしれない。相手が気付けばおしまいのような。しかし、過去にそんな経験はないはず。人から怨まれるようなことも、合ってはまずい人はいない。
しかし、上島がそう思っているだけかもしれない。
いくら思い出しても該当する人物が出てこない。
「自分ではないか」
これはフィクションとしては成立しても、顔かたちが違う。しかし中に詰まっているのは自分ではないか。自分自身がそこに座っていれば、衝撃だろう。タブレットを落として当然。だから該当するものは自分自身となる。
しかし、これは何処か似ている人の場合。何度見直しても似ていない。ではあのショックは何だろう。どうして驚いたのか。決して不思議な顔ではない。
そして男は立ち上がり、上島の前をスーと通り過ぎ、レジへと向かった。男は上島を見たはず。しかし無視している。上島のことを知らないのだ。
これでほっとした。
そして読んでいたホラー小説の電書を閉じた。
「これだったのか」
と、該当する原因が分かった。フィクションが現実に介入したのだろう。
了
2017年11月18日