小説 川崎サイト



神意

川崎ゆきお



 岡田は尿意を感じた。自転車の上で、夜のことだ。まだ宵の口で人通りも多い。
 身体が冷えるほど寒くはない。水の飲み過ぎでもない。
 家を出る前にトイレに行っている。自転車で走りだして二十分も経っていない。早すぎる。
 夕食に水分の多い食べ物があったのだ。岡田はお茶づけを食べたことを思い出した。その後もお茶を飲んでいる。
「お茶づけかもしれない」
 やっと犯人を見つけても、尿意は解決しない。何処かで出す必要がある。
 その道は、ほぼ毎日夕食後に走っている。周辺にどんな場所があるのかは周知している。
 細々とした家が建ち並ぶ一帯で、そこでは無理だ。
 岡田はその先に神社があることを思い出す。住宅地には似合わない巨木が聳え、鳥居があった。
 信号待ちで止まると、きゅっと尿意がきつくなる。我慢できない状態だ。
 幸い神社はすぐ先にある。
 岡田は信号が変わると全速で走った。
 思った通り鳥居があり、その先に大きな木が見えている。
 鳥居をくぐると砂地で、大きな木が数本立っている。
 岡田は木の根元に自転車を止め、用を足した。周囲にマンションがあるが、距離がある。酔っ払いが用を足している程度の風景を演じればよい。
 暗いのでよく見えないが砂地に水分が吸い込まれてゆく感じがする。音はしない。
 用を足し終えた岡田は木の幹を見た。縄が巻かれている。
 別に神木に小便をぶっかけたわけではない。マンションからの視線を避けるため、木を目隠しに使っただけだ。
 岡田はそんなことよりも、すっきりしたことで満足を得、自転車に乗った。タイヤが砂地にめり込む。
 鳥居を抜け、いつもの道路に出た。
 そして、爽快さを維持しながら家に戻った。
 次の日も同じ夕食後、同じコースを自転車で走った。
 昨夜の神木が見えてきた。
 岡田は尿意を感じた。夕食でお茶づけを食べていない。
 それは尿意ではなく、神意だった。あの神木に呼び止められたのだ。
 岡田は神木に近付いた。根元から上を見上げた。
 尿意はピークに達した。
 岡田は、ここでしていいものかどうか考えながら用を足した。
 今度も神木にかからないように注意しながら……
 
   了
 
 


          2007年5月10日
 

 

 

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