小説 川崎サイト

 

大御所とその後輩

 
 同期やライバル、そして先輩がまだ活躍しているというのに、平田はドロップアウトした。それらの人達の噂を聞くと、羨ましく思うものの、それだけの力が平田にはなかったので、諦めるしかない。
 そこに先輩がやってきた。
「辞めてからしばらく立つけど、元気かね」
「先輩こそお元気そうで」
「そうでもないんだけど」
 この先輩は顔が広い。人好きのためだろう。人柄もすこぶるいい。評判もよく、あまり悪く言う人はいないが、全ての人から好かれているわけではない。それはどんな人物でもそうだろう。
「何か御用でも」
「十手持ちじゃない」
「じゃ、御用聞き」
「話というのは他でもないが、復帰してくれないかなあ。君が欠けると淋しい」
「でも辞めてからもうかなり立ちますよ」
「辞めていく人が多い」
「でも先輩の周囲には多くの人が集まっているじゃありませんか」
「そうなんだがね」
「僕が戻ったとしても、もうそんな力は残っていませんよ」
「いや、今考えると、君はいるだけでよかったんだ」
「いるだけ?」
「君は私にすり寄ってこなかった」
「そうでしたか」
「私の周りにいる人間は私のためではなく、自分のために集まってきているんだ。まあ、それで普通だがね」
「人徳ですよ」
「いや、不徳だ」
「よく分かりません。その関係は僕には」
「君は私に何も頼まなかった」
「そうでしたか」
「君は私に懐かなかった」
「そうでしたか」
「何か思うところがあってのことかね」
「何も思っていませんよ」
「そこが微妙なんだ」
「はあ」
「君は私を褒めなかった」
「そうでしたか」
「今いる私の取り巻きや周囲の連中とは違っていた」
「普通でしょ」
「そうなんだ。君は私をただの先輩としてしか見ていなかった」
「先輩ですから」
「そうだね。好きでも嫌いでも先輩は先輩だからね」
「何が言いたいのでしょうか」
「私は実はそういった淡泊な関係を望んでいたんだ」
「しかし、色々な人から……」
「確かにもてはやされている。それが不徳でねえ」
「徳があるから人が寄ってくるのでしょ」
「あれは蟻だ」
「はあ」
「私は砂糖だ」
「お名前も佐藤ですねえ」
「それは関係ない」
「じゃ、私にどうせよと」
「戻ってくるだけでいい。仕事は私が用意しよう」
「でももう辞めていますから」
「だから復帰だ」
「はあ」
「特に魂胆はない」
「戻るにしても、先輩の周りは人が多すぎます。僕はその中に入るのがいやなのです」
「君は人気がない。だから誰も相手にしないし、目にもくれないだろうから、そんな心配は無用」
「それは何でしょう」
「さあ」
「しかし、僕はもうブランクがありすぎますし、それに辞めてすっきりしましたから、戻る気はありません」
「そこを何とかならんかね」
「もうその世界にいませんから」
「だから、復帰だよ。復帰。道は私が付ける。君は私に無愛想だったから、早く辞める結果になったんだよ」
「そうだったんですか」
「もう少し愛想がよければ、面倒見たんだ」
「でも辞めたのは僕の力不足で、結構長くやってましたから、よくやった方です」
「だめかね」
「はい」
「本当の理由は聞くまい」
「はい、その方がよろしいかと」
「相変わらずだ、君は」
「はい」
「だから身近に置きたかったんだ」
 この先輩は大御所としてその後も君臨するのだが、今も平田のことを気にしているようだ。
 
   了


2017年11月21日

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