「夜中に目を覚ますことがあるでしょう」
星田は怪談を語り出した。
「大概はトイレで起きることが多いでしょ」
「体調が悪い時、魘されて起きることもありますよ」
聞き手が話を止める。
「まあ、そういうこともあるな……。その場合はどうします」
「また、寝ます」
「起きたついでに何かしないかね」
「お茶とか飲みますね」
「じゃ、飲むに行くとき、立つでしょ」
「枕元にペットボトルを置いてるので、立つことはないですよ」
「しかし、横になったまま飲めないでしょ」
「体は起こしますよ。でも立たないです」
星田は話の腰を折られた。
「続けてください。立ったとして」
「うむ、立ってトイレやキッチンへ移動する」
「あるかもしれませんねえ」
「あるだろ」
「でも、僕の場合、一度寝ると朝まで起きないですよ。トイレに立つのが面倒なので、そのまま寝ます」
「じゃあ、君は今まで、目を覚まして立ち上がったことはないのかね」
「ありますよ。昼寝中、宅配便が来て起き上がったとか。夜じゃないとまずいですか?」
「いや、昼間でもかまわない」
「で、どんな怪談なんです?」
「ドアだ」
「ドア?」
「トイレのドアだ。部屋のドアでもいい」
「うちは、ドアはないです」
「あるだろ」
「ないですよ。古い家なんで」
「じゃあ、扉でいい」
「襖とか、雨戸とか、板戸とかならありますよ」
「つまり、仕切っているものがあればよい」
「沢山あります」
「じゃあ、君が玄関に出るまで、仕切りを通るだろ」
「開けていますが……」
「閉めている場所はないのかね」
「もう、暑いですからね。風通しのため開けています」
「冬ならどうかね」
「閉めています」
「よしよし、これで話ができる」
「どんな怪談でしょう」
「開けると別の世界に入り込むんだ」
「それって怪談じゃないですよ」
「どうして?」
「話になっていないです。いきなりじゃないですか」
「だから、この怪談が、怪談なんだ」
「もう二度と聞きません」
了
2007年5月12日
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