小説 川崎サイト

 

奥のテーブル

 
 駅前が二つあり、線路のこちらとあちら。あちらは駅前開発で様変わりしたが、こちら側は昔と変わっていない。駅への道も狭く、小さな店が乱雑に並んでいる。雑居ビルも多く、下からではビルよりも店屋の構えの方が目立つためか、ビルの形は分からない。不揃いな高さ、不揃いな幅。
 小西はこの駅前までバスでよく来ていたのだが、学生時代で、通学のためだ。家の前にバス停があり、近所の人もこのバスを使っているのだが、元気な人は少し離れた私鉄の支線まで歩く、それであの駅まで行けるのが、そこまでならバスに乗った方が早いが、バスの回数は電車ほどではない。
 バスでその駅前へ来なくなったのは、駅近くの高校を卒業したためで、その後は遠い学校へ通い出したため、バスではなく、歩いて私鉄の支線に乗り、その駅前で乗り換えて、通っていた。その方が交通費が安く付くためだ。まだ若かったので、支線の駅まで歩く元気が充分あったのだろう。
 それで久しぶりに駅前に用事があったので、バスではなく自転車でやってきた。
 昔と変わりは殆どないのだが、ファストフード店が増えているのが、以前とは違うところだろうか。
 用事が終わったので、駅前のゴチャゴチャとしたところを散策していると、餅屋があった。饅頭や餅、赤飯も売っている。安っぽい団子やおはぎも。これは以前にはなかった。良い場所にあり、人通りも多い。そういう筋がいくつかあるので、その通りだけが目立つわけではないが。
 餅の他にうどんや蕎麦も置いている。四角い容器に入ったものだ。これは遅い時間などに駅に着いた人が買うのだろう。うどんや蕎麦は別だが、すぐに食べれる大福や、饅頭やおはぎ、そして団子。それだけでは甘くて仕方がないので、うどんと蕎麦も並べているようだ。カップものではない。
 しかし、そのそばやうどん、今まで見たことのない品で、スーパーにあるような出汁付きなのだが、なぜか安っぽい。ありものの容器に、うどん玉と出汁と天麩羅などを入れているだけで、表示がない。
 そのとき、ふと店の奥を見たのだが、ドアがあり、食堂がある。学生時代は気付かなかったが、これは逆で、食堂しかなかったのかもしれない。つまり食堂の前の余地にものを並べて売っているのだ。
 このうどんやそばは、店で出しているのと同じだろう。
 食堂は大衆食堂の部類に入るが、それよりもややレベルが高い。めし屋のようにおかずを並べていない。
 学生時代、家に帰ればご飯は食べられるので、一度もその店に入っていない。しかし硝子ドアなので、中はよく見えた。
 近くにも食べる店屋は多くあり、飲み屋も多く、たこ焼き屋もあれば、安っぽい寿司屋もある。
 小西は一寸だけ気まぐれを起こし、入ってみることにした。気持ちに余裕があるのだろう。そういった冒険心が生まれた。それに夕食時間なので、お腹も空き始めていた。それにクリスマス前に来ている寒波で寒い。熱い出汁のうどんでも食べようと思い、かなり重いガラスドアを開けた。
 意外と広い。しかし客は誰もいない。だから表で餅屋か饅頭屋の真似事をしているのだろう。
 入り口のレジにお爺さんが座っている。食堂の客より、店先の饅頭を買う人の方が多いのだろうか。
「どうぞ奥へ」
 言われるがまま、奥の方のテーブルに向かい、そこで座ろうとしたが、まだ奥がある。二つに分かれているのだ。そちらの方が遙かに広く、富士山の絵の大きな額縁や、熊の頭が飾ってあったかと思うと、巨大な鯛が天上近くで横たわっている。長い三角のペナントが何枚も壁に張り付き、剥がれて先が垂れているものもある。観光地の食堂に近い。
 小西はきつねうどんを注文し、それを食べているとき、寒いでしょと、電気ストーブを持ってきてくれた。しかし温かいものが胃に入ったのか、ストーブは必要ではないが、奥の間から冷たい空気が来ているのは確かだ。
 それで勘定を済ませ、店を出たのだが、二三歩行ったとき、少し待てよと思った。
 食堂は雑居ビルに入っている。表に店が二軒。三階建てだが、上への階段はないので、店舗ではないのだろう。それで間口の幅は分かるが、奥行きだ。あの奥の間が入るだけの奥行きが、この雑居ビルにはないように感じた。隣の雑居ビルに食い込んでしまう。しかし奥に深い建物ではないかと思い、回り込むが、手前のビルが邪魔をして奥まで見えない。それでもっと遠くから角度を変えて見るのだが、さらに見えない。これが角地のビルなら分かるのだが、一つ入ったところにある雑居ビルなので、手前が邪魔で確認できない。
 そこで反対側の通りに、二階のある雑貨屋があったので、そこに上がり、あの食堂を見ると、真横から見ることができた。その雑居ビルは正面の間口とほぼ同じ正方形のビルだった。
 そのビルの左側は別の雑居ビル。しかしビルとビルの間に屋根瓦が見える。元々、屋根葺きの食堂だったのが、敷地一杯にビルを建てたのだろう。それで納得できた。
 
   了



2017年12月18日

小説 川崎サイト