小説 川崎サイト

 

入川の糸迷路

 
 入川の町は川の本流から出ている支流沿いにある町だが、昔は田んぼだけがあった場所。村の外れにあり、川が氾濫したとき、田んぼは全滅し、その後、やる気を失ったのか、そのまま放置した。
 米より布がいいということで機織り職人を呼んで住まわせた。それがいつの間にか機織りの町になってしまう。村からすると、氾濫で駄目になった場所なので、入川と呼んだ。今は支流となり、川は二つに分かれたためか、氾濫は減ったようだ。その気になれば田んぼに戻せるのだが、その気がなかったのだろう。
 だから入川は村ではなく、町。機織り職人の町だが、それに関わる人達も住み着き、取引で来る商人も多くなり、宿屋もでき、店も多く、悪所もできた。入川とは立花村から見た呼び名だが、入川町として独立している。立花村内にある入川だが、いつの間にか入川の方が栄え、立花村そのものを飲み込み、周辺の村もいくつか入川町に組み込まれた。最近はその入川町も昔ほどの勢いはなくなり、隣接する市と合併されるらしい。
 長い説明だが、話はその入川の路地。既に機織りの町は昔の話で、今はかなり遠くなるがベッドタウン。しかし、機織り小屋は紡績工場になったのだが、それも廃れ、古い町屋跡が残っている程度。
 機織りの町として多くの職人が住み着いたのだが、その家の建て方が乱暴で、まっすぐな道が少なく、細い路地が不規則に網の目のように伸びている。そこには遊郭跡などもある。これが入川の中心部だが、住宅地になってからは、扇を開いたように広がり、元の町屋などがあった場所が狭く見えるほど。
 この路地はその手の好事家は糸の路地と呼び、細くて迷路のようなので、入川の糸ダンジョンという人もいる。
 ドーナツ化現象ではないが、中心部の町屋跡は寂れ、空き家が多い。町屋は今も残っているのだが、店屋が並んでいるわけではない。入川のど真ん中だけがゴーストタウン化している。近くに駅はなく、幹線道路は走っているが、中央部から離れたところにある。だから入川に家を建てたり、買った人は中央部には用がないため、ますます寂れた。
 しかし、遊郭跡はそのまま残っている。戦後は別のやり方で残っているらしく、今も続いているらしい。店屋らしきものは何もないのだが、小さな料理屋が並んでいる。その手の人達にとっては糸ダンジョンよりも有名だ。
 料理屋といっても、そこで本当に料理を食べる人は希で、そういう店ではないことが分かっているので、間違いはない。
 しかし、糸ダンジョンを楽しむため、入川の迷路抜けをしている人が、たまに入ってしまうことがある。路地の中に食堂があると勘違いしたのだろう。料理屋は二階建てで、のれんはない。どの店の間口も狭いので大衆食堂かと思い、がらっと開けると、ただの土間。椅子がぽつんとあったりする。テーブルもない。店ではないことがそのとき分かる。横の部屋から婆さんが出てきて「まだ早い」と言って奥へ引っ込む。
 仕掛けは簡単で、本当に料理を食べに来る人はいないのだが、一応品書きはある。出前で何とかしているようだ。料理屋なのに、料理は出前で取っているのだから、妙な話だが、別の場所で調理して持ってきてもかまわない。飲み物は出せる。
 料亭なのでお座敷がある。それが二階の小部屋。お運びさんが二階の客間に運ぶのだが、あとは客とお運びさんが偶然気が合い、プライベートな交際になったということにしている。だから遊郭ではない。料理屋で偶然知り合った二人。しかしほぼ百パーセントその偶然の遭遇になる。
 入川の路地裏、うかつに糸ダンジョン抜けを楽しんでいると、こういう魔境が現れるようだ。ただモンスターのようなお運びさんが階段を上がってくることもある。だから秘境、魔界とも繋がっている。
 入川の謂われとなった支流の川だが、遊郭跡のすぐ裏を流れている。ここが町屋時代一番奥になる場所で、その土手から町を見渡せる。
 
   了


2017年12月25日

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